放され、興ざめ黙ってしまう)
千寿 (再び取りなすように)ほんに、坂田様のいわれる通りじゃ、この千寿とても、主ある女房と懇ろしたことはないわいな。
他の役者たち (皆一斉に笑う)……。
弥五七 それは誰とても同じことじゃ。女|旱《ひで》りがすれば格別、主ある女房にいい寄って、危い思いをするよりも宮川町の唄女《うたいめ》、室町あたりの若後家、祇園あたりの花車《かしゃ》、四条五条の町娘、役者の相手になる上臈《じょうろう》たちは、星の数ほどあるわ。ははは。
源次 だがのう。一|盗《とう》二|妾《しょう》三|婢《ひ》四|妻《さい》というて、盗み食いする味は、また別じゃというほどに、人の女房とても捨てたものではない。
長十郎 さては、そなたには覚えがあるとみえる。
源次 何の覚えがあってよいものか。だがのう、磔が恐ければ、世に密夫の沙汰は絶えようものを、絶えぬ証拠は、今度の狂言に出るおさん茂右衛門じゃ。色事の道はまた別じゃ。はははは。
若太夫 (自分の悄気《しょげ》たことを、隠そうとして)座が淋しい。さあ……若衆たち、連舞《つれまい》なと舞わしゃんせ。
三四人の若衆 あいのう。(立って舞い始める)
藤十郎 (黙々として、ひそかに狂言の工夫をめぐらすごとき有様なりしが、一座の注意が連舞にひかれたる間に、ひそかに座を立つ。正面の障子をあけて、静かに廊下に出ず)
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(若衆たちは、舞いつづけている。鼓の音が、激しく賑かになる。役者たちも、浮かれ気味になる)
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弥五七 (おかしき様子にて立ち上りながら)わしも連舞の群に入ろうぞ。
四郎五郎 美しき若衆たちと、禿げた弥五七どの。これは一段と面白い取合わせじゃ。鼓はわしが打とうぞ。
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(若衆たちと一緒に、弥五七道化たる身振りにて舞う。皆笑いさざめくうちに、舞台回る)
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第二場
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宗清の離座敷。左に鴨の河原の一部が見える。右に母屋の方へ続く長い廊下がある。絹行燈の光が美しい調度を艶《なまめ》かしく照らしている。
幕が開くと、藤十郎は右の廊下を、腕組みをしながら歩いて来る。時々、立止まって考える。廊下の柱にもたれて考える。またまた、二、三歩、歩みながら、簡単な所作
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