、つまり話している方のお前の心に、何か蟠《わだかま》りがあるんじゃないかね。こんな時に、本当のことがいえんようじゃ、男として恥じゃないか。何か別にわけがあるんだろう。何か悪いことでもしたんじゃないか』
『いいや、決して悪いことなんか』と、若者は急《せ》き込んで答えると同時に、傷口からまた血が洩れたのでしょう、苦しそうに咳き込みました。僕の心持は、その時もう職業的意識でいっぱいになっていて、青年が苦しがっても、最初ほどの同情は湧きませんでした。そればかりでなく、僕は、相手がかなり執拗なので、尋問の方向を急に変えてみました。
『じゃ、それはそれとしておいて、一体どちらが先にやったのか、お前の方か、それとも女の方か』
『あたしが先へ死ぬといいまして、女が先に短刀を喉へ突き刺してから、今度は畳へ突きさして私にくれました』
『うむ、なるほど、それで一体女はどんな風に突いたんだ』
『それは、あの女が、刃の方を上に向けて、喉へ突き刺すと、血がだらりと流れました』
『その短刀を握った手は、右かい左かい』
『右です』
『そうかい。それからどうした』
『それから、私が短刀を受け取って、一突き刺したのですが、苦しくて苦しくて、私は思わず立ち上ったのです』
『それから』
『私は唸《うな》ったように思います。それから夢中になってしまいました』
『そうか、夢中になったのか、それであの壁に血がかかっているのは、どうしたのだ』
『私が、苦しまぎれに寄りかかったのです』
『それからどうしたのだ』
『気が付きますと、お主婦《かみ》が私の持っている短刀をもぎとっていたのです』
『なるほどね。そういうわけか。あの錦木という女は、えらい女だな。しかし、そりゃお前、嘘じゃないか。その女が、喉を突いたところを、もう一度いってみんか』
同じことを、二度いわせるのが、僕らが尋問の常套手段なのです。被告が嘘をいっていれば、きっとそこにつじつまの合わないところができるのです。が、それにしても、喉に傷を持っている被告に二度同じことを繰り返させることが、かなり残酷のように思われないでもなかったのです。が、その当時、僕の熾烈《しれつ》な職務心は、そんな心をすぐ打ち消したのでした。
それでも、若者は前の陳述と矛盾しないように、同じことを繰り返しました。
『そうかね。その女が、一人でやった! が、お前手伝ってやりはしなかった
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