、初演のときは、割合好評でございましたの。」と、たわいなく得意になるのを見すまし、
「それで、新子さんも、その方面のお手伝いでもして、いらっしゃるの?」と、さりげなく訊ねた。
人生行路、決して左右を見ない、左右どころか、自分がこう思ったら、道のない所までも、ズンズン歩いて行きそうな、漫画的にまで、真っ正直な圭子も、ここでさすがに、ちょっと思案するのであった。
妹が、バーに出ることなど、圭子は大反対なので、そのことについて、新子とは話も一切せず、何事も訊いてもみないが、しかし母や美和子から、間接に聴いたところによると、新子は前川氏が関係しているらしい酒場の、カウンターをやっているとのことである。
それを、夫人が何も知らないのは、可笑《おか》しい。
云ってよいか、どうか、ちょっと思案したが、しかし、こんなに親切な夫人に、物事をかくすのは、いやだったし、もしいったことで、新子が迷惑をするとすれば、それは新子が何か、後暗《うしろぐら》いことをしているからで、新子自身が悪いのであるという風《ふう》に考えた。
「それとも新子さんは、何もしていらっしゃいませんの?」と、やさしくもう一度訊かれて、圭子はついに、我が事のように頬を染めて、
「お恥かしいんですけれど、ただ今|酒場《バー》に出ております。」と、云った。
「まあ、酒場《バー》に、じゃ女給さんですか。」と、夫人の言葉には歴々《ありあり》と、嘲《あざけ》りと侮蔑とが強く響いた。
「いいえ。カウンターのようなことをしているようでございます。」圭子は、あわてて打ち消した。
七
新子が、バーに出ていようなどとは、さすがの夫人も思いがけないことだった。だが、この頃前川氏が、時々酒気を帯びて家に帰って来ることを、それに照し合わせると、良人と新子とを掩《おお》う膜が、一皮一皮めくり取られて来るような気がして夫人は意地のわるい快感に、興奮しながら、しかし表面はあくまで、冷静に、
「たとい、カウンターにしろ、あんな方が、バーに現われるなんて、勿体《もったい》ないじゃございませんか。あんなに、教養も学問もおありになる方が……そんなにまで、身を落しておしまいになるんでしたら、私前川とも相談して、どこへでも、お世話致しますのに。」と、あくまで思いやりぶかい言葉であった。圭子は、ぼんやりと、
「でも、何ですか前川さんのお世話で、はいったようなことを申しておりましたが……」と、云ってしまった。
「まあ! 前川の世話! そんなこと、私にはちっとも申しませんの。おかしいですわねえ。でも、前川の世話だと致しましたら、あの人も考えなしですわ。そんな場所へ新子さんを、お世話するなんて、軽率きわまることですわ。」そう云いながら、もうハッキリ良人と新子の尻尾を掴み得たという、あさましい快感で、モヤモヤ逆《のぼ》せ上って来た。
これ以上叩けば、もっとどんな大きい埃でも出て来るかもしれない。幸いに、この圭子という人物が、白紙のように表も裏もなく、その上こちらの思うとおり、どうにでも染まりそうである。夫人は、自分の策略の成功にひどく、上機嫌になって、
「その酒場《バー》、やはり銀座ですの。有名な家?」と、訊くと、
「いいえ。新しい家で、私名前は存じておりませんの。私、バーなどへ出るの大反対でしたから、よく聴いておりませんの。」と、云う圭子の答に、ウソはなさそうである。
「ほんとですわ。バーへ、お世話するなんていやですわねえ。でも不思議ですわねえ。主人はあまり、お酒も飲みませんのに、人様のお世話の出来るほど、バーに馴染があるんでしょうかしら。」
圭子は、また当惑した。美和子の話では、そのバーは、前川の資本に依るということであるが、そんな当てにもならないことを、前川夫人に話しすることは、何か失礼なような気がして、それには返事をしなかった。だが夫人は、しつこく、
「聞かせて頂戴な。もっと詳しく――ねえ、二、三日のうちに、よく調べてね。私主人をいじめて、新子さんを、どうしてそんなところへお世話したか、叱ってやりますわ。そして、その償いに、もっといいところへお世話するよう申してやりますわ。だって、バーなんか、いけないじゃありませんか。」と、云った。圭子を、体よくスパイにしようと云うのである。
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夫婦の愛憎
一
圭子は、夫人が酒場《バー》を嫌うのも、新子の身を惜しんでくれればこそと感激もし、またそんなに、夫人の蔑《いや》しんでいる、バーに出ている妹の代りに、顔を赤らめながら、
「はア。」と肯いた。
「貴女《あなた》、その酒場《バー》に行ってご覧になりませんの?」と、夫人は抜け目なく訊いた。
「いいえ。私も、奥さまと同じに、妹が酒場《バー》へなど出ますの、大反対なも
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