と思うと、大いそぎで立ち上ろうとすると、美和子が、
「あたしよ。」と、厳しく云うと、早くも茶の間を横ッ飛びに飛んで、駈けだして行った。
思えば、前川氏に呼出しの電話番号は、教えてなかったものをと、新子は、われ知らず頬を染めて、また箸を取りあげた。
間もなく、
「ゼャーズ、ア、ランプ。シャイニング、ブライト、イン、ア、キャビン。イン、ザ、ウィンドウ、イッツ、シャイニング、フォア、ミイ。アンド、アイ、ノウ、ザット、マイ、マザー、イズ、プレーイン……」と、鼻にかかった、甘ったるい声で、晴れ晴れと唄いながら、美和子が帰って来た。
「誰から……?」圭子と新子が、同時に訊いた。
「お友達……フォア、ザ、ボーイ、シー、イズ、ロンギイン、ツウ、シイー……」頭を、コクリコクリとうなずきながら、
「もう、ご飯食べないわよ。」と、二階へ上ってしまった。
新子は、美沢からだったのだろうと、推察して、いよいよ目の前に、ぴたりと冷たい鉄扉を立て切られたような気持になった。後で、前川氏に、手紙で(「酒場」を、させて頂くことに決めました)と、書いてやろうと、咄嗟《とっさ》に思案しながら、自分の心の傷口をいたわった。
美和子は、洋服を着て、化粧して降りて来ると、すぐ、新子の肩につかまって、
「お小遣いが欲しいの、……」と、いった。
「一ト月に、二十円で足らなくて……この頃は三十円くらい使うって、お母さまがこぼしていらしたわよ。使い過ぎるわよ。」
「使い過ぎるも、過ぎないもないわ。実際けちくさいンだもの。お友達に気がひけて仕方がないわ。」
「交際《つきあい》を、お断りすればいいじゃないの。昨夜《ゆうべ》シネマに行ったばかりだし、……」新子は、意地の悪い皮肉な顔をした。
「お姉様のひどい人、……いいわ、文無しだって、どうにかなるわよ。」と、ぷーんとして、くるりと後《うしろ》を向いてスタスタ行きかけるのを、母親が、
「この日盛りを、病気になってしまうよ。お止しなさい。」
「氷じゃあるまいし、とけやしないわ。」母にまで、八ツ当りして、靴を穿いているのに、新子は立って行って、
「お姉さんだって、お金ないのよ。これだけ、持っていらっしゃい。」と、出してやるのを、
「不要《いら》ないわ。」と、後向きのまんま、格子戸を締めて、駈け出してしまった。
二
その日の晩、十二時はとくに打ったの
前へ
次へ
全215ページ中128ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング