えはないと思いますし、あんな散歩好きの人だと、どういうところを、ウロウロするか分りませんし、狭い軽井沢ですもの、貴君とご一しょのところなんか人に見られたら、私の顔にかかわることですものね。子供なんか誰にだって、馴れますわ。何もあの人に限るわけのものではありませんわ。」
夫人の性格の中には、やさしさとか素直さとかは、薬にしたくもなかった。すべてが、皮肉で、意地わるで、厭がらせで、しかも鋼鉄の針のように、鋭かった。
だから、素直に、正面からやきもち[#「やきもち」に傍点]を焼くなどということは、彼女の誇《プライド》が絶対にさせないことである。
(どう? こう、私が云えば貴君は、何も文句はないでしょう)と、そんな眼顔で、準之助氏をながめやりながら、夫人はもうこのことは、片づいたと云わんばかりに、
「何時かしら、添田さんは、随分遅いわねえ。」と、空うそぶいている。
準之助氏は、心の中の烈しい動揺を、じっと抑えて、
「南條さんは、帰るとすれば、いつ帰るのかね。」と訊ねてみた。
「あの人も、憤《おこ》り虫らしいから、私に暇を出された以上、一晩だってこの家にいないでしょう。もう帰ったのかもしれないわ、貴君にご挨拶もしないで。そうそう、さっきの自動車、あれで帰ったのかもしれないわ。」
温柔な良人の顔を、馬鹿にしたような笑顔で見やった。
先刻、自動車のエンジンや警笛が聞えた時、不思議がって訊くと、白ばくれてだまっていながら、今になって、と思うと、準之助氏は思わず、湧き上る怒《いかり》をじっとこらえたが、顔の表情は、あやしく歪んだ。
そのゆがみ[#「ゆがみ」に傍点]を、夫人はすかさず見て、立ち上って、呼鈴《よびりん》を押すと、
「ご心配なら、女中を呼びますから、お訊きになるといいわ。」と、いった。
女中を呼んできいてみたとて、新子がいるはずはない。すべてが、夫人の思惑どおりに行われたに違いない、新子にすぐ支度をするように命ずると、きっと女中を通じてこんな風にいったに違いなかった。
(お帰りになるんでしたら、子供達が食事をしている内に、帰って頂きたいんですの。子供達が貴女のお帰りになるのを知って、うるさくつきまとったりすると、ご迷惑でしょうから。主人にも私からよく申しておきますから、直接ご挨拶なさらなくとも、いいと思いますの。でも、強いてお会いになりたいんでしたら、お止めは
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