まま子供達の面倒を見て下さいませんか。」と、云った。
「はア。」
新子は、準之助氏の長い無言の散歩が、何を意味していたかが、そのときハッキリと分った。
主人として、新子の釈明も求めず、また良人《おっと》として妻のために弁明もすることなく――そういうことは、新子に不愉快な感情を再現させることだと知って、ただ新子の気持をいたわり、落ちつかせ、平静をとりもどすまで、ブラブラと散歩をして、折を見て結論だけを云った準之助氏の言葉を、新子はうれしく思った。
「妻は、もう何でもありませんよ。貴女《あなた》も、さっきのこと、もうお忘れになって下さいませんか。」
「はア。奥さまにお詫びに行こうと思っておりますの。」
「そうですか、それはどうもありがとう。それでホッとしましたよ。」急に、準之助氏は、明るく微笑した。
四
「ほんとうに居て下さるでしょうね。大丈夫でしょうね。」準之助氏は、もう一度くり返した。
「私の方でおねがい致すことですわ。」新子は、こんなに甘えさせられては、いけないと思いながらも、嬉しくなった。
「貴女が、いらっしゃらなくなると、小太郎も祥子《さちこ》も、ガッカリしますよ。僕もガッカリします。どうぞ、これからも、つまらないことは、気にかけないで、のびのびと貴女らしく、子供の面倒を見てやって下さい。どうぞ、これは改めて僕のお願いです。」若者のように、情熱のこもった言葉だった。
「お話は、これですみましたが、ついでに、この次の丘の上まで行きましょう。軽井沢が一目に見えますよ。おつかれでなかったら、ご案内しましょう。」にわかに、少し硬くなった声が――しかしまことに、何気なく新子を誘った。
準之助氏は、新子が、病的にわがままな夫人と、いつかきっと衝突することを心配していた。しかし、聡明な新子のことだから、うまくバツを合わせてくれるだろうと思っていたのが、思ったよりずーっと早く、事件を起してしまった。小太郎から、事件のあらまし[#「あらまし」に傍点]を聴いたとき、これはいけないと思い、新子がこのまま去ってしまうことを考えると、身内のどっかを抉《えぐ》り取られるような気がした。それほど、新子はもう、彼の心の中に深くはいっていた。
だから、新子と会って、新子に止《とど》まってくれるように頼むまでは、何かが咽喉下に突っかけて来ているような感じだったが、こん
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