嬢の路子は、さっぱりした趣味のよいアフタヌーンを被《き》て、新子を欣《よろこ》び迎えてくれた。
絹ばりの壁や、カーテンの快い色彩、置き棚や卓子《テーブル》の上に飾られた陶器や、青銅の置き物や、玻璃《はり》製の細工物などの趣向のこった並べ方が、その豊かな暮しを現して、すべてがゆったりと溶け合っていた。窓からは、手入のよく行き届いた庭の一部が眺められ、雨に咲いている、くちなし[#「くちなし」に傍点]の強い甘い匂いが、ときどき、かすかにうっとりとするほど、部屋の中に揺れて来るのであった。
三、四年前までは、この家へ二、三度遊びに来たこともあり、こうした応接間の空気などにも、特別に感じ入りもしなかったのであるが、やや切端《せっぱ》つまった就職者として来ているせいもあって、新子は何か不思議な圧迫を感じるのであった。
「今年小学校五年になる兄の子が、あまり甘やかしたせいか、頭はそんなにわるくないんだけれども、学校が出来ないの。」
「男のお子さん……」
「ええそう。いたずらっ子だけれども、性質は素直なの。それから、小学校三年の女の子、この方《ほう》は、どちらでもいい。この方は、面白いかわいい子よ。二人とも、貴女がてこずるような子じゃないけれど、問題は姉よ。」
路子は、新子に比べると、冴《さ》えたところはないが、丸顔で眼も唇もほっそりしていて、豊かな黒髪を短く切って、洗練された衣裳の好みや、金持の娘にしてはすましていない点などで、何となく人好きがした。弾力に充ちた身体は、しなやかで、いかにも快活そうだった。
「お姉さまって?」
「つまり、子供のお母さまよ。」
「じゃ、お兄さまの奥さま!」
「ええ。」愛嬌《あいきょう》ぶかい路子の茶がかった眼が、ちょっと皮肉な笑いをうかべた。
「それは、どういう意味で!」
「貴女、私の義姉《あね》とお会いになったことないかしら。」
「一度くらい、お目にかかりましたわ。」新子は、いつか劇場か何かで、路子といっしょにいるときに、ちょっと挨拶したことを思い出した。
「そうだったかしら。私、貴女なら辛抱して下さると思うけれど、……」
路子は、かわいい苦笑をつづけた後、
「兄は、とてもいい兄ですの。温良で、物分りがよくって、品行方正で……自分の肉親の兄をほめるのはおかしいけれど……」と、路子はしばらくは顧みて、他をいう形だった。
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