金がいるのか分りませんでしたの。これで、分りましたわ。みんな、学生ばかりですから、この公演の途中で、資金が足りなくなって、困っているのだと思いますの。そして、私のところまで、あんなとばっちりのようなムリな電報を寄越したのでございますわ。これを見るまでは、何が何だか解らなかったんですもの。」と、新子は、少し浮かれてでもいるように、喋りつづけた。
「そうですか。いや、それで安心しました。貴女のお姉さまなら、僕は欣んで後援しようじゃありませんか。」
新子は、嬉しくなって、頬がカーッとなった。
五
「失礼ですが、電報では、いくらほどご入用だと云うのですか。」準之助氏は、続けて訊いた。
新子は、準之助氏と、おずおず眼を合せながら云った。
「もしも、こんなことが許して頂けるんでしたら……私の月々頂くものを、半年分ほどまとめて、拝借できないでしょうか。」
「いや、いや、月給は月給、これはこれですよ。」と、準之助氏は、手を振りながら、
「そのくらいでいいんでしたら、僕が貴女のお姉さんを後援する意味で、差しあげましょう。今日にでも、東京の事務所の方へ電話をして、お宅の方へお届けしましょう。」
「先日、あんなお礼まで、頂いて。でも、あれは、母の方へ送りましたのですが、母は芝居なんかに、とても理解がありませんから、恐らく姉の方へは、ちっとも廻らなかったと思いますの。」新子は、真赤に上気しながら弁解した。
「いや、ごもっともです。お年寄は、女優なんかになるといえば、恐らく大反対でしょう。」と、そういってから小さい娘に、
「祥子や、安心しなさい。先生への電報は、わるい報知《しらせ》じゃなかったんだよ。パパは、ちょっとご用事が出来たから、『コンコン山のきつね』は、また後にしようね。」祥子が、素直にうなずくのを新子は、
「今度は、私がお読みしましょうね。」と準之助氏の膝にある本を受けとった。
「四谷のお宅は、谷町でしたね。谷町の何番地ですか。」
「二十七番地でございますの。」
「お姉さんのお名前は?」
「圭子でございます。」
「ケイ、どんなケイです。」
「土を二つ重ねた。」
「分りました。じゃ、出来れば今日中に届くように。遅くとも明日午前中に届くように。スリー・ハンドレッドでいいんですね。」と、念を押して、前川氏は部屋を出て行った。
新子は、前川氏の後姿《うしろすがた》
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