放火したらしい嫌疑さえあり、遂に三田の薩邸焼払いとなった。之等の飛報が大阪城に達すると、激昂していた人心が更に油をかけられるわけで、温健なる慶喜も、遂に討薩の表を作って、上洛することに決した。
 慶応四年の正月三日である。むろん、之より先、伏見、鳥羽、淀には幕兵を配置していた訳なので、先ずそれらに進軍を命じた。
 維新の原動力たりし連中には、武力的に幕府をやっつけない以上、長く禍根を残す憂ありと、信じていたわけであるから、わざわざ幕府を怒らせるように、仕向けた点もあったわけである。江戸に於ける浪士の暴動など、西郷隆盛の密命に依って、益満《ますみつ》休之助などが、策動したことになっているが、しかしこうした事は、文書など残っているわけでないから、いつまでも歴史上の謎として、残るであろう。
 慶喜の上洛は、尾越両侯から上洛を勧められたからと云うのは、表面の口実で、内実は討薩の表を奉って、京都から薩長の勢力を駆逐するつもりであったのであろう。
 全軍三万と称したが、ほんとうは一万三四千人であったであろう。
 幕軍の中心は、仏蘭西《フランス》伝習隊で、訓練もよく銃器も精鋭であった。それに、会津、桑名、松山、高松、浜田等の藩兵が加わっていた。
 京軍の方は、毛利|内匠《たくみ》、山田市之丞、交野十郎の率いた八百の長軍、伊知地正治、野津七左衛門の率いた薩軍が主力で、それに屋張、越前、芸州等、勤王諸藩の兵が加わって一万足らずであったであろう。
 幕軍は、伏見鳥羽の両道より進んだ。まだ、ハッキリ交戦状態でないのだから、威圧的に関門を突破して京都へ入るつもりであったのかも知れない。
 鳥羽街道は、大目付滝川播磨守が先鋒となり京町奉行の組与力同心を引き連れていた。人数も、わずかに数人で、籠手《こて》臑当《すねあて》して、手槍を持ち、小銃を持っているものは、わずかに数人で、大砲は一門もなかった。
 鳥羽街道は、むかしの羅生門に通ずる道で、京都へ入る所に、東寺がある。東寺の十町ばかり手前の石橋の所まで来た時、東寺に駐屯していた薩兵が鳥羽街道を下って来るのとぶっつかった。
 両方とも殺気立っているが、まだ戦争ではない。幕軍の方で、「徳川殿上洛せらるるにつき、我々は先駆である」
 と云ったが、藩兵は「我々の方は、未だその御沙汰なければ通しがたし」と云う。再三、押し問答の上、薩兵の方では、「然らば、御所へ伺う間|暫《しばら》く待たれよ」と云う事になったので、滝川播磨守は、土地の豪家村岡某の家に入り休息していると、薩長の兵はいつの間にか村岡の家を包囲し、石橋の上には大砲二門を引きすえ、今にも発砲しそうな擬勢を示したので、播磨守は形勢の険悪なるを察して、引き退いた。
 午後四時を過ぎる頃、桑名、高松、松山の藩兵が、鳥羽街道を圧して上って来た。今度は、薩兵と中島、東池の辺で出会った。
 桑名藩より、徳川殿|今度《このたび》勅命により召寄せらるるにより、先手の者上京する由を告げたが、薩兵聴かず、問答を重ぬる裡、薩州より俄《にわか》に大砲を打ち出したが、最初の一発に桑名の兵、十数人打ち重って倒された。これが鳥羽伏見の戦の最初の砲火である。両軍銃火を交えて戦ったが、幕軍は行軍のままの隊形だったし、小銃が少いものだから、薩長のために、打ちすくめられて、死傷|頗《すこぶ》る多かった。
 幕軍が下鳥羽まで退却して、夜の十時近く夜食を喰っているところを、京軍更に夜襲して、一大激戦となったが、幕軍再び敗れて退いた。だが、京軍の方でも、市木、大山、後藤等の諸将が倒れた。
 伏見口の方には、最初から新選組が幕軍の前衛として、駐屯していた。
 慶喜が二条城を去った後、永井|玄蕃頭《げんばのかみ》が、之を預り大場一心斎麾下の水戸兵二百人と、新選組百五十人が守備に任じていたが、大場は元来勤王思想があるので薩長と気脈を通じている容子があるので、近藤勇は憤慨して、十七日に二条を去って伏見に来て、其地の奉行所衛兵と合同して、警備の任に就いた。
 所が、以前に近藤勇の為めに、倒された転向勤王派たる、伊東|甲子太郎《きねたろう》の残党なる鈴木三樹三郎、篠原|泰之進《やすのしん》、加納|就雄《なりお》などが、薩摩の伏見屋敷に庇護されていた。
 十二月十八日、近藤が上京した帰途、伏見街道藤森に於て突如物陰から狙撃され、その右肩に重傷を負った。むろん、伊東の残党の計画であるが、そのために近藤は鳥羽伏見戦争には参加することが出来なかったので、土方|歳三《としぞう》が指揮をしていた。
 新選組も、この頃は、剣ばかりではどうにもならないのを悟ったと見え、幕軍の間宮鉄太郎の隊より大砲二門を借りて来ていた。
 伏見の方は、戦前から両軍が対峙していたわけで、鳥羽口の砲声が、開戦の合図になった。
 土方歳三は、伏見京橋
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