。雄吉はその男女の組合せが変なので、最初から好奇心を持っていた。すると、そこへ医員らしい男が現れた。その医員はその四十男と、かねてからの知合いであったと見え、その男に「どうしたのです。どこか悪いのですか」と、きいた。すると、その男はまるきり事務の話をするように、ちょっと連れの女を振り返りながら、「いやこれが娼妓《しょうぎ》になりますので、健康診断を願いたいのです」と、いった。それはその男にとっては、幾度もいいなれた言葉かも知れなかった。が、娼妓になるための健康診断を受けることを、多くの患者や医員や看護婦たちの前で披露されたその女――おそらく処女らしい――その女の顔はどんな暴慢な心を持った人間でも、二度と正視することに堪えないほどのものであった。
 女は心持ち顔を赤らめた。その二つの目は、血走って爛々と燃えていた。それは、人の心の奥まで、突き通さねば止まない目付であった。雄吉は、その目付を今でも忘れていない。それは恥じ、怒り、悲しんでいる人間の心が、ことごとく二つの瞳から、はみ出しているような目付であった。もう、それは三、四年も前のことであった。が、今でも意識して瞳を閉じると、その女の顔が、彼の親の顔よりも、昔失った恋人の顔よりも、いかなる旧友の顔よりも、明確に彼の記憶のうちに蘇ってきた。
 しかるに、今青木の青白い顔の上部に爛々として輝いている目は、この娼妓志願者のその時の目とあらゆる相似を持っていた。彼は青木を恐怖し憎悪した。が、その深刻な、激しい人間的苦悩の現れている瞳を見ると、彼はその心の底まで、その瞳に貫き通されずにはいなかった。しかもその青木はつい六、七年前まで、彼の畏友であり無二の親友であった。雄吉は、その瞳を見ると、今までの心の構えがたじたじとなって、彼は思わず何かしら、感激の言葉を発しようとした。が、彼の理性、それは、彼の過去六年間の苦難の生活のために鍛えられた彼の理性が、彼の感情の盲動的感激をぐっと制止してくれた。彼の理性はいった。「貴様は青木に対する盲動的感激のために、一度半生を棒に振りかけたのを忘れたのか。強くあれ! どんなことがあっても妥協するな」彼は、やっとその言葉によって踏みとどまった。「僕は、一週間ばかり前に上京したのだが」と、青木はいった。彼の目付とはやや違って、震えを帯びた哀願的な声であった。が、雄吉は思った。青木のこんな声色《こわ
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