。彼らを、こうした絶海の孤島で悶《もだ》えさせるのは、清盛の責任でなくして、本当は、西光が陰謀を発頭したためであるかのようなことをいう。西光の人格や陰謀の動機をよく理解している俊寛には、彼らのそうした愚痴が、癪《しゃく》に触って仕方がない。彼の神経は、日に増しいらいらする。そうして、何かのはずみから、つい気色《けしき》ばんで、言い争う。二人は俊寛を煙たく思いはじめる。そして、剛腹な俊寛に一致して反抗の気勢を示す。そして、お互いに心持を荒《すさ》ませる。
この頃、俊寛はよく、二人が意識して、自分を疎外しているのを感ずる。硫黄《いおう》を採りに行く時でも、海藻を採りに行くときでも、よく二人きりで行ってしまう。その上、三人でいるときでも、二人はよく顔を寄せ合って、ひそひそ話を始める。そんなとき、俊寛はたまらない寂寥《せきりょう》と不快を感ずる。三人きりの生活では、他の二人に背かれるということは、人間全体から背かれるということと同じことだった。俊寛は、そうした心苦しさを免れようとして、自分一人で行動してみようかと考えた。が、一日自分一人で、離れていると、激しい寂しさに襲われる。そして、意気地なく成経と康頼との所へ帰ってくる。そして再び、不快な感情のうちに、心を傷つけながら生活していく。
今朝も、鹿《しし》ヶ|谷《たに》の会合の発頭人は誰だということで、俊寛は成経とかなり激しい口論をした。成経は、真の発頭人は西光だといった。だから、西光だけは、平相国《へいそうこく》がすぐ斬ったではないかといった。俊寛は、いな御身《おんみ》の父の成親《なりちか》卿こそ、真の発頭人である。清盛が、御身の父を都で失わなかったのは、藤氏《とうし》一門の考えようを、憚《はばか》ったからである。その証拠には、備前へ流されるとすぐ人知れず殺されたではないかといった。父のことを、悪しざまにいわれたので、日頃は言葉すくない成経も、烈火のように激して、俊寛と一刻近くも激しく言い争った。二人が、口論に疲れて、傷つけられた胸を懐きながら、黙ってしまうまで。
成経と康頼とが、横になっているいぎたない[#「いぎたない」に傍点]様子を見ていると、俊寛は意地にもその真似をする気にはなれなかった。彼は、胸のうちの寂しさとむしゃくしゃした鬱懐《うっかい》とをもらすところのないままに、腕組をして、じっと考える。すると、いつもの癖であるように、妻の松の前や、娘の鶴の前の姿がまばろしのように、胸の中に浮んでくる。それから、京極の宿所の釣殿《つりどの》や、鹿ヶ谷の山荘の泉石《せんせき》のたたずまいなどが、髣髴《ほうふつ》として思い出される。都会生活に対するあこがれが心を爛《ただ》らせる。たくさん使っていた下僕《しもべ》の一人でもが、今|侍《かしず》いていてくれればなどと思う。
俊寛が、こうした回想に耽《ふけ》っているとき、寝入っていたと思った成経が急に立ち上った。彼は、悲鳴とも歓声ともつかない声を出したかと思うと、砂丘を海の方へ一散に駆け降りた。
彼は、波打|際《ぎわ》に立つと、躍るように両手を打ち振った。
「判官どの。白帆にて候ぞ。白帆にて候ぞ」
そういって、康頼に知らせると、また悲鳴のような声をあげながら、浜辺を北へ北へと走った。
康頼も、あわただしい声にすぐ起き上った。俊寛も、白帆だときくと、すぐ立ち上らずにはいられなかったが、白帆が見えるといって成経が浜辺を走ったことは、これまでに二、三度あった。彼はよく白雲の影を白帆と間違えたり、波間に浮ぶ白鳥から、白帆の幻影を見た。
康頼は、さすがにすぐ後に続いて走ったが、俊寛はまたかと思いながら、無言のまま、跡からついて行った。成経と康頼とは砂浜を根よく走りつづけた。俊寛も、彼らの熱心な走り方を見ると、自分の足並みが、いつの間にか、急ぎ足になるのをどうともすることができなかった。
そのうちに、疑い深い俊寛の瞳にも、遥かかなたの水平線に、波に浮んでいる白千鳥のように、白い帆をいっぱいに張りながら、折柄の微風に、動くともなく近づいて来る船の姿が映らずにはいなかった。
俊寛も、狂気のように走り出した。三人は半町ばかり隔りながら、懸命に走った。お互いに立ち止って待ち合せる余裕などはなかった。走るに従って、白帆もだんだん近づいて来るのだった。それは、九州から硫黄を買いに来る船のような小さい船ではなかった。
成経は、感激のために泣きながら走っている。康頼もそうだった。俊寛も、胸が熱くるしくなって、目頭《めがしら》が妙にむずがゆくなってくるのを感じた。見ると、船の舳《へさき》には、一流の赤旗がへんぽん[#「へんぽん」に傍点]と翻《ひるがえ》っている。平家の兵船だと思うと、その船に赦免《しゃめん》の使者が乗っていることが三人にすぐ感ぜられた。
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