みを伝えてくれた。
誰かに持って行かれたのだという疑いが、だんだん明らかな形を取り出した。そう思うと、自分の横に座っていた印半纏《しるしばんてん》の男が浚《さら》って行ったのかも知れないと思った。が、あの男が家へ帰って「希臘彫刻手記」と原稿紙と弁当とを見|出《いだ》して、一体それを何にするであろうかと思った。俺に、こんなに迷惑をかけながら、向うでは少しも得をしない、罪悪の中でもこうした罪悪が、結果的にはいちばん性質の悪いやつかも知れないと、譲吉は思った。
本屋から貸してくれた原本を無くしたこと、それは少しの義理を欠けば済むことだが、自分の金儲けの希望を、それほど些細に、手軽にふいにしてしまったことが、彼には堪らなく不快であった。が、まだまるきり失望するには当らない。明日電気局へ行けば、都合よく届け出されてあるかも知れないと思った。
が、翌日電気局へ行ってみたが、やっぱり無かった。念のために、警視庁の拾得係へ行ってみたが、やっぱり無かった。もう盗られたのに違いなかった。困っている俺にとっては、あんなに大切のものを、ほんの出来心に盗るやつがあるかと思うと、譲吉は何となく腹立たしかった。
が、丸善にでもあれば、そう失望するには当らない。五円か六円かの金を、どうにか都合して買えばいいのだと思った。彼は、そう思いつくと、その足で丸善へ行ってみたが、やっぱり徒労であった。
「その本なら、去年あたり二、三部来ましたが、とっくに売り切れてしまいました。御注文なら、取り寄せます」と、いったが、その頃は戦争の影響で、英国から本を取り寄せるには、少なくとも三、四カ月、長ければ半年もの時間がかかった。そうした余裕がこの場合にあるわけはなかった。
彼は丸善を出てから、また新しい希望を見出した。
「ああもしかしたら、古本屋にあるかも知れない」
彼は、すぐ神田へ行った。そして、多くの古本屋をほとんど軒並に探してみた。が、あの金色《こんじき》の唐草模様はどこにも見出されなかった。本郷も同じことだった。彼は、足と目とをさんざんに疲らせて、その日の捜索をあきらめて、三田行の電車に乗った。また彼の頭には新しい希望が湧いた。
「ああ図書館にあるかも知れない」
こんなに考えつきやすいことを、今まで考えつかなかった自分の迂遠さが、少しばからしくなった。彼は電車が内幸町へ来ると、急いで飛び降りて、
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