さか》いの中に飛びこんで行きたくなる性癖《くせ》のセエラでした。
「もしセエラが男の子で、二三百年前に生れていたら。」と、よくお父さんはいったものです。
「抜身《ぬきみ》をひっさげて、苦しんでいる人なら、誰でも助けたり庇《かば》ったりしながら、諸国を遍歴《へんれき》しただろうになア。この子は困っている人達を見ると、いつでも戦いたくなるのだから。」
 課業が終ると、セエラは肥った少女を探しに出ました。少女はしょんぼり窓の下の席に蹲《うずくま》っていました。セエラはこんな場合誰でもいうようなことを云っただけなのでしたが、セエラがいうと、それは何かしら情が籠《こも》っていて、気持よく聞えるのでした。
「お名前、何て仰《おっ》しゃるの?」
 肥った少女は吃驚《びっくり》しました。新入生は初め妙に近づきにくいものである上、セエラは前の晩から皆の間でいろいろ噂の出た新入生で、馬車や、小馬や、おつきの女中や、身のまわりのものから考えても、ちょっとよりつきにくい少女なのでした。
「私、アアミンガアド・セント・ジョンって名なのよ。」
「私はセエラ・クルウ。あなたのお名前、ほんとに綺麗ね。まるでお伽噺《とぎばなし》の名みたいに聞えるわ。」
「あなた、お好き?」とアアミンガアドは飛び上りそうになっていいました。「私――私はあなたの名前大好き。」
 セント・ジョンは、学者の父を持っているために、いつも苦しめられていました。父は七八ヶ国語に通じ、何千巻の蔵書を暗記しているというような人でした。ですから、父は娘が、簡単な歴史やフランス語ぐらい覚えるのがあたりまえだと思っているのでした。ところが、セント・ジョンは学校の中でも一番頭が悪いほどだったのです。
「こいつは、無理にも覚えさせるようにして下さらなければ駄目です。」と、父はミンチン女史に頼んだのでした。
 こういう訳で、アアミンガアドは、いつでも恥しめられたり、泣かされたりしていました。彼女は覚えたかと思うと、すぐ忘れてしまいました。覚えこんでも、何のことだか一向解らないという風でした。で、彼女は、セエラを感嘆の眼で見るより他ありませんでした。
「あなた、フランス語お上手なのね。」
 セエラは大きな、奥の深い窓際席《ウィンドウシイト》に坐り、両手で縮めた足の膝を抱いていました。
「自家《うち》でしょっちゅう聞いていたから話せるのよ。あなただって、聞きつければ、きっと話せるようになってよ。」
「まア、私なんか駄目よ。私、どうしても話せないの。」
「なアぜ?」
 アアミンガアドは頭を振りました。下髪《おさげ》がぶらぶら揺れました。
「あなたは、お利口なのね。」
 セエラは窓越しに暗い街を眺めやりました。濡れた鉄の欄干《らんかん》や、煤《すす》けた樹の枝などに、雀《すずめ》が飛びかいながら、囀《さえず》っていました。セエラはちょっとの間心の中《うち》で考えてみました。自分は何度となく「お利口だ」といわれたことがある。ほんとにそうなのかしら? ――もしそうだとしたら、全体どういう訳でお怜悧《りこう》なのだろう。――
「私、わからないわ。」
 セエラは相手の丸ぽちゃな、むっくりした顔の上に、悲しげな眼付を見ると、かすかに笑いながら話を変えました。
「あなた、エミリイちゃん御覧になって?」
「エミリイちゃんて、どなた?」
 アアミンガアドは、さっきのミンチン女史のように聞き返しました。
「私のお部屋に入らっしゃいな。見せてあげるわ。」
 二人は一緒に窓席《まどいす》から飛び降りて、二階へ上って行きました。
「ほんと?」客間を通り抜ける時、アアミンガアドは囁きました。「あなた一人の遊び部屋があるってほんと?」
「ええ。父様《とうさま》がミンチン先生にお願いして下すったの。だって――ねえ、私、おあそびする時、自分でお話をこしらえて、自分に話してきかすからなの。ひとに聞かれるのはいやでしょう? それに、人が聞いてると思うと、お話が駄目になってしまうんですもの。」
 その時二人は、もうセエラの部屋の前の廊下に来ていました。アアミンガアドはふと立ち止って眼をみはり、息を呑んで、
「お話を拵《こしら》えるんですって?」と喘《あえ》ぐようにいいました。「そんなこと、あなたに出来るの?――フランス語みたいに? ほんとに出来て?」
 セエラは驚いて、少女を見返しました。
「誰にだって出来るんじゃないの? あなたやってみたことないの?」
 セエラは何か前ぶれするように少女の手を握りました。
「そうっと扉《ドア》のところへ行きましょう。それからさっと戸をあけるわ。そうすれば、きっと捕まるから。」
 セエラは笑っていましたが、その眼には神秘な望みが動いていました。アアミンガアドは、なぜどうして何を捕えるのだか、さっぱりわかりませんでした
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