寄宿生は寄宿生でも、普通の生徒と違って、特別に美しい寝室と居間とをあてがわれることになりました。それから、子馬を一頭と、馬車を一台と、乳母代りの女中一人とがあてがわれるはずでした。
「この子の教育については、少しも心配はありませんが。」と、父はセエラの手を撫でながら、愉快そうに笑っていいました。「ただ、あまり勉強をさせすぎないようにして頂きたいと思います。今まででさえ、この子は鼻の先を本の中に埋《うず》めるようにして坐っているのですからねエ。読むんじゃアないのですよ、ミス・ミンチン。狼の子みたいに、本を貪り食っちまうんですからね。それに、大人の本を欲しがっているんですから。歴史であれ、伝記であれ、詩であれ――それに、フランスやドイツのものまで。ですから、なるべく本から引離して、小馬に乗せたり、町へ人形を買いに伴れてってやったりして下さい。」
「でもお父様、町へ出るたびにお人形を買ってたら、とても仲よしになりきれないほどの数になってしまうでしょう。エミリイちゃんは、私の親友になるはずですけど。」
「エミリイさんて、どなた?」とミス・ミンチンが訊《たず》ねました。
「お話しておあげ、セエラ。」
 父にいわれると、セエラは大変気高く、物優しい眼になって、話し出しました。
「エミリイちゃんは、まだ買ってないけど、お父様が私に買って下さるはずのお人形ですの。お父様がいらっしゃらなくなったら、私エミリイちゃんとお父様のことをいろいろお噂するつもり。」
「まア、何て御利発な――」
「ええ。」と父はセエラをひきよせて、「この子はまったく可愛い子です。どうか私に代って、よく面倒をみてやって下さい。」とミス・ミンチンにいいました。
 それから五六日、セエラは父とホテルに滞在しました。二人は毎日町へ出ては、夥《おびただ》しい買物をしました。高価な毛皮で縁どった天鵞絨《びろうど》の服や、レエスの着物や、刺繍のある衣服や、駝鳥《だちょう》の羽根で飾った帽子――貂《てん》の皮の外套《がいとう》、それから小さな手袋、手巾《ハンケチ》、絹の靴下――帳場の後方《うしろ》に坐っていた婦人達は、あまり贅沢な買物をするので、セエラはどこかの姫宮《プリンセス》じゃアないかと囁《ささや》き合ったくらいでした。
「私は、あの子を生きているように見せたいの。でも、お人形ってものは、何だかいくらお話しても聞いてない
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