。それからあの、隣の監房にいる囚人も御招待しない?」
「それがいいわ。さ、壁を叩きましょうよ。看守になんて聞えやしないでしょう。」
 セエラは壁ぎわに行って、四度壁を叩きました。
「これはね、『壁の下の脱道《ぬけみち》より来《きた》れ、お知らせしたいことがある』という意味なの。」
 向うから五つ打つ響がありました。
「ほら、来たわ。」
 戸があいて、眼を紅くしたベッキイが現れました。彼女はアアミンガアドがいるのを知ると、気まり悪そうに前掛で顔を拭きはじめました。で、アアミンガアドはいいました。
「ちっともかまわないのよ、ベッキイ。」
「アアミンガアドさんのお招きなのよ。今いいものの入った箱を持って来て下さるんですって。」
「いいものって、何か食べるもの?」
「そうなの。これから、宴会のつもり[#「つもり」に傍点]を始めるの。」
「食べられるだけ食べていいのよ。私、すぐ行って来るわ。」
 アアミンガアドはあまり急いだので、出しなに赤いショオルを落しました。誰もそれには気がつかないほど、夢中でした。
「お嬢様、すてきね。私を招くようにあの方に頼んで下すったのは、お嬢様でしょう? 私それを思うと、涙が出て来るわ。」
 その時セエラは、眼にいつもの輝きを湛《たた》えながら、辛かった一日のあとに、ふいにこんな愉快なことが起ったのを、不思議に思い返していました。何か救いが来るものだ、まるで魔法のようだと、彼女は思いました。
「さ、泣かないで、テエブルを整えることにしましょう。」
 セエラはうれしそうにベッキイの手を握りました。
「テエブルを整えるって? 何を乗せればいいの?」
 セエラは部屋の中を見廻して笑いました。テエブル掛も何もあるはずはありません。ふと、セエラは赤いショオルが落ちているのを見つけて、それを古いテエブルの上に掛けました。赤は非常にやさしく、心を慰める色です。テエブルに赤いショオルが掛ると、部屋の中は急にひきたって来ました。
「これで、床に赤い敷物が敷いてあったら、すてきだわね。敷物のあるつもり[#「つもり」に傍点]になろう。」セエラが床に眼を落すと、そこにはもうちゃんと敷物が敷いてあるのでした。
「まア、何て厚くて、柔かなのでしょう。」
 セエラはベッキイの方に笑顔を向けながら、さも何か敷物でも踏むように、そっと足を下しました。
「ほんとに柔かね。」と、ベッ
前へ 次へ
全125ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング