真実生きた子供のようでした。
翌日、大尉はセエラをミス・ミンチンのもとに連れて行きました。彼は次の日印度へ立つことになっていましたので、先生にいろいろ後の事を頼みました。彼は一週に二度セエラに手紙を書くことを約束しました。それから、セエラの望みなら何でも叶えてやってくれといいました。
「この子は感じやすい子でして、自分でこれと思ったもの以外には、何も欲しがらないのですよ。」
それから、彼はセエラと一緒に彼女の小さな部屋に行き、お互にさよならをいい合いました。セエラは父の膝《ひざ》に乗り、上衣の折返しの所を小さな手で握って、永いことじっと父の顔を見つめていました。父はセエラの髪を撫でて、
「私の顔をそらで覚えこむつもりなのかい? セエラ。」といいました。
「いいえ、私ちゃんともうそらで知ってるわ。お父様は私の胸の内側にいらっしゃるのよ。」
二人は抱き合って、もう離さないというような接吻《キス》をしました。
辻馬車が戸口から駈け出すと、セエラはエミリイと一緒に二階の部屋の床の上に坐り、顎《あご》を両手の上にのせて、馬車が角を曲るまで、窓から見送っていました。
ミンチン先生が心配して、妹のアメリア嬢を見にやると、扉には中から錠がおりていました。セエラは中から、
「あたし、一人で静かにしていとうございますから。」と、慎ましい小声でいいました。
アメリア嬢は肥《ふと》っちょの背の低い婦人で、姉をひどく怖がっていました。彼女はセエラのしうちに吃驚《びっくり》して、階下《した》に降りて行きました。
「お姉さん、ませた変な子ね。あの子はまア、錠をかけて閉じこもっているのですよ。ことりとも音をさせずに。」
「他の子のように、暴れたり、泣いたりするより、その方がましさ。あんなに甘やかされているから、家中がひっくりかえるような騒ぎをするかと、私は思っていたんだよ。」
「あの子のトランクには大変なものが入っていますのね。黒貂皮《セエブル》や、貂皮《アアミン》を縫いつけた上衣や、それに下着には本場のレエスがついているのですよ。」
「まったく莫迦げてるね。でも、教会へ行く時、あれを生徒の先頭にすると立派でいい。」
二階ではまだセエラとエミリイとが、馬車の消えて行く町角を見つめていました。馬車の中のクルウ大尉も、ふり返っては手を振り、もうたまらなくなったというように振った自分の手を
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