もびくともしなくなる。するとまた新しい草を引きぬいて新しい罠をこさえる。子供の群の前後には、赤い腹を白い灰のような土の中に横たえた醜《みにく》い小動物の死骸が、いくつもいくつもころがっている。
「高天神《たかてんじん》の城へはどう行くのじゃ」という鷹揚《おうよう》な声がした。子供は皆あわてたような顔をして、その声の主人公を見た。それは十七ばかりの少年であった。前髪を二つに分けた下から、美しい瞳が光っている。男らしさのうちに女らしさがあり、凜々《りり》しさのうちに狡滑《こうかつ》らしさがあった。肌に素絹《しらぎぬ》の襦袢《じゅばん》を着て単衣《ひとえ》を着ている姿は、国持大名の小姓であることを語っている。見れば、はいている白足袋はほこり[#「ほこり」に傍点]で鼠色になっている。腿立《ももだち》を取ったために見えている右の腓《こむら》に一寸ばかりの傷があって、血が絶えず流れている。
「高天神の城へはどう行くのじゃ、教えてたも」と、ややせき心になって繰り返した。しかし子供は皆ぽかんとしている。この頃の子供は義務教育などで早熟されていないから、誰もはきはきと物がいえない。知らねば知らぬといえばいいのだが、それがなかなかいえない。皆ぽかんとしている。少年は三|度《たび》問《とい》を重ねた。するといちばん年かさの子供がやっと口を開いて、
「天神さんのことけえ」というた。この声をきくと若衆はちょっとでも足を止めて、きいてみたのがばからしくなって、
「たわけ者め!」と子供たちに浴びせながら通り過ぎようとした。
 ところがあいにく一人の子供が、まごまごして少年の行く手を立ちふさいだので足蹴にした。その子はよろよろよろめいて、溝の中へ尻餅《しりもち》をついてワッと泣き出した。そう痛くもなかったようだし、裸だから着物の汚れたわけではないのだから、そんなに大きく泣く必要はないのだが、かなり大きく泣いた。子供たちは憤然とした。この頃の子供はすべての野蛮人に共通しているように、言《げん》に怯《きょ》にして行《こう》に勇《ゆう》なるものであった。いざ喧嘩だとなると身構えが違ってくる。蠍《さそり》のように少年に飛びついた。少年ははっと身をかわして腰の一刀を抜こうとした。この意志はこの場合、非常に適当であったが、実現はせられなかった。一人の子供が猛然として身を躍らし、柄を握った少年の手に思い切り噛み
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