果てた後までも、彼らの老顔の皺の間に残っているように、若杉裁判長の青年時代の信仰も、やっぱりどこかに痕跡を残していたようです。
 それはほかでもありません。若杉裁判長は、罪人に対して非常に深い同情を持っていたことです。ことにその罪人が、犯した罪を少しでも後悔し、懺悔でもしているような様子が見えると、裁判長の判決は、立会の検事を呆気《あっけ》にとらせるほど、寛大でありました。むろんこんな時、立会の検事は必ず控訴をしました。その控訴が棄却になることもありましたが、かえって原判決が取り消されて、もっと重い判決が下ることもしばしばありました。
 もとより、裁判長としては、自分の下した判決が取り消されることは、決してその人にとっては、名誉でありません。が、それにもかかわらず、若杉裁判長の判決は、いつも寛大に失するくらいでありました。裁判長が若杉判事だと知ると、事情を知った被告は、小躍りして欣《よろこ》ぶまでになりました。
 世人を戦慄させたような極悪人の場合は別として、世人は、被告が寛大の刑に処せられることに対して、大した抗議を懐くものではありません。否、その被告人にいくらかでも同情すべき点があ
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