で、病院へ向った。
自分は、脳膜炎になっている直木を、三目で二度負かしたわけである。
二月号で、村松梢風氏との棋力の優劣について、何か云っていたが、あれは両方で強がっているので、第三者たる川端君の説によれば、互角らしいとの事である。直木は、正気のある間は、生きるつもりでいた。死前四日に、自分に対して
「長くかかるだろうが、生命に別条はないと思う。二三日物が、たべられると、どうにかなる」
と云っておしるこを喰べていた。直木の病気が致命的であることを医者から聴き、もうあきらめていたが、自分は直木の希望をくじくような事は云わなかった。そうした希望を持ったまま死なせるつもりでいた。遺言などをきいても心を乱すだけで、借金が減るわけでなし、凡そ奇妙な遺族関係が、どうなるわけでもないと思ったからである。
しかし、意識が不明になって見ると、正気の裡に、何か話して置けばよかったと云う後悔も残っていた。
これは余談だが、お通夜の晩に、壁に貼って置いた前記の直木との手直り表を、誰かが家を掃除するときに、はがしてあるのを発見した。
この手直り表には、直木が自分で書いた所もあり、自分と直木との交友のよい記念である。それを心なくはがされているのを見ると、自分はむやみに腹が立って、社員や女中を怒鳴りつけて、探させた。幸いに、反古と一しょに庭へ捨ててあるのが発見された。自分は、それをまた元の所へ貼りつけて置いてある。
底本:「日本の名随筆 別巻1・囲碁」作品社
1991(平成3)年3月25日第1刷発行
1992(平成4)年4月20日第5刷発行
底本の親本:「菊池寛文学全集 第六巻」文芸春秋新社
1960(昭和35)年6月
入力:渡邉つよし
校正:門田裕志
2001年7月26日公開
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