話をしなかった。
何か訊けば、返事をする位である。文芸談や世間話などは一切したことがない。
手持ぶさただから、結局碁でも打つ外はなかった。
自分は、二十二三歳の頃今の宮坂六段と一度打ったことがある。宮坂氏は、自分の棋力を初段に十一目だと鑑定してくれた。これはお世辞のない所で、正確だと思っている。その後、将棋ばかりやったので、碁の方はちっとも進歩していない。進歩していても、せいぜい三目位だろう。
しかし、四五年前、直木と打ったとき、自分は二目しか置かなかった。だが、最近になって、直木は目に見えて進歩した。直木は、将棋も麻雀も下手だった。将棋などは、一寸気の利いた手を指すかと思うと、とんでもない悪手をさした。やりっぱなしの放漫な将棋である。碁もそうした所もあったが、専心研究した甲斐あって、この二三年三四目上達したらしい。去年の春頃打つと、四目置いて敵わない位であった。
自分は、ぼんやりしている直木を慰めてやるつもりもあって、直木とよく打った。だから直木とだけしか打たなかった。その内に、そっと稽古をして、直木を互先で負かしてやろうかと云ういたずら気もあったが、何分忙しいので、そのままに過ぎていた。
だから、四目で四番勝ち越して、三目になったこともあるが、すぐ四目に追い込まれた。
だが、去年の暮は勝ち越して、三目になっていた。今年になって、ちゃんと手直り表を貼りつけて置いてから、勝敗をハッキリさせることにした。
そして、直木の部屋の壁に、次ぎのような表を貼りつけた。これは、一月二月の成績である。
文芸春秋棋院
直木
菊池 手直り表[#「直木」と「菊池」の中間に「手直り表」]
一月十一日 三目 直木勝
同 同
一月一二日 同
同
同
同
一月二十日 四目 菊地勝
同
同
同
一月二十九日 三目 菊地勝
二月八日 菊地勝
二月九日 菊地勝
日付のないのは、何日に打ったのか分らない。一晩にたいてい一局しか打たなかった。
直木は、正月になると(今年から
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