小泉は、肱を怒らしながら、新一郎にいった。
「左様、藤沢恒太郎殿が順逆を説いたが、だめでござった」新一郎は、自分までが責められているように、首を垂れている。
「土佐兵に抵抗するというのか、錦旗を奉じている土佐兵に。負けるのに決っているじゃないか。土佐は、スナイドル銃を二百挺も持っているというじゃないか」山田甚之助が、嘲るようにいった。
「賊軍になった上に、散々やっつけられる。その上、王政復古となれば高松藩お取り潰し。大義名分を誤った上に、主家を亡す――そんな暴挙を我々が見ておられるか」小泉は、歯を噛んで口惜しがった。
「早速、成田邸へ押しかけて、あの頑固爺を説得しよう」今まで黙っていた吉川隼人がいった。
「いや、だめだめ」山田甚之助は、手を振って、「あの老人は、我々軽輩の者の説などを入れるものか。すでに、藩の会議で決したものを、今更どんなに騒ごうと、あの老人が変えるものか」と、いった。
「然らば、貴殿は、みすみす一藩が朝敵になるのを、見過すのか」吉川隼人が、気色《けしき》ばんだ。
「いや、そうではござらぬ。拙者にも、存じ寄りがある。しかし、それは、我々が一命を賭しての非常手段じゃ」甚之助は、そういって一座を見回した。
「非常手段、結構! お話しなされ」主人の小泉がいった。
甚之助は、話し出そうとしたが、ふと天野新一郎のいることに気がつくと、
「天野氏、貴殿にははなはだ済まぬが、ちょっと御中座を願えまいか」
と、いった。
新一郎は、顔色が変った。
「何故?」美しい口元がきりっとしまった。
「いや、貴殿に隔意あってのことではないが、貴殿は成田家とは御別懇の間柄じゃ。成田殿に対してことを謀る場合、貴殿がいては、我々も心苦しいし、貴殿も心苦しかろう。今日だけは、枉《ま》げて御中座が願いたいが……」甚之助の言葉は、温《おだや》かであった。
が、新一郎の顔には、見る見る血が上って来て、
「新一郎、若年ではござるが、大義のためには親を滅するつもりじゃ。平生同志として御交際を願っておいて、有事の秋《とき》に仲間はずれにされるなど、心外千万でござる。中座など毛頭思い寄らぬ」と、いい放った。
「左様か。お志のほど、近頃神妙に存ずる。それならば、申し上げる。各々方近うお寄り下されい」
一座の人々は、甚之助を取り巻いた。
甚之助は、声をひそめ、
「藩論が決った今、狂瀾を既倒《き
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