長 手をゆるめてやり!
(刑吏一、甚兵衛の前腕だけを自由にする)
甚兵衛 ほほう、わしゃ、こなな白い飯生まれて初めてじゃ。これ食べてええか。ぽんまに、食べてもええか。
刑吏一 快く食べるがよい。
甚兵衛 (うまそうに食べながら)おお、わしこななうまい物、食べたことがないぞ。頬っぺたが、落ちそうだ……。ほんまにこななうまい物、食べたことがないだ……(つづけさまに五つ六つ、食べる。ふと母たちに気がつく)……おおおっ母、甚吉! お前たちほしゅうないか。
甚吉 何ぬかしゃがるんじゃ。阿呆め、首の飛ぶ間際にそなな物が喉を通るけ!
おきん ほんまに、この阿呆め! どこまで、親をばかにしやがるんじゃ!
甚兵衛 はあ……そうけ、嫌か。じゃ、わし皆、食べてやろう。ああうまい、うまい、顎が落ちそうじゃ。村の衆ありがとう!
村人たち (口々に)何いうとるんじゃ。よう食べてくれた。こちとらこそ拝んどるぞ。
刑吏の長 申し置くことがなければ、母と弟どもを最期の座へ直せ。
おきん (慌てて)ちょっと待って下されませ。お願いでござりまする。
刑吏の長 何じゃ。
おきん 死際のお願いでござりまする。どうぞ、この親不孝
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