、その後に二人の男が老婦人を曳いてくる。老婦人は救いを求めている。
その先頭の男はショルムスであった。老婦人はもう髪の毛は真白《まっしろ》であった。顔色が真蒼である。
四人は近づいてくる。
その時、つかつかと現われたルパンはぴたりとその行手に立ち塞がった。
怪人と巨人!それは物凄い有様である。二人は眼と眼で睨み合った。どちらも動かない。
ルパンは恐ろしいほど落ちついて口を切る。
「その婦人を放せ!」
「ならん!」
そのまま二人はまたしばらく睨み合っている。レイモンドはそれを見て、気が狂いそうに心配する。その腕をボートルレはしっかりと押えている。
しばらくしてまたルパンが繰り返した。
「その婦人を放せ!」
「ならん!」
もう仕方がない、ルパンはポケットに手を入れてピストルを掴んだ。その時早く、ショルムスもまたピストルをルパンの眼の前に突きつけた。その時ふとショルムスは、傍に立っているレイモンドの姿を見てはっとした。
この油断を見たルパンは、手をあげたと思うと、撃《ぶ》っ放した。
「しまった!」と叫んだ。ショルムスは腕を撃たれてどっと倒れながら、部下に向って叫んだ。
「撃て!撃て!、あいつを撃ち殺せ!」
ルパンはその時早くも二人に向ってピストルを撃った。一人は胸を、一人は顋《あご》をくだかれて倒れた。
「さあ、ショルムス、貴様と俺との闘いだ!」
と、いい切らぬうちに、ぱっと身を屈めた。
「あ!畜生!」
ショルムスが左手にピストルを握って撃ったのだ。
どんと一発……あ!という声、レイモンドはよろよろと倒れ掛ったが、血の迸《ほと》ばしる喉を押えつつ、ルパンの方に身体を廻して、ルパンの足元に倒れた。
「レイモンド!レイモンド!」
ルパンは、彼女を両腕に抱き上げたが、
「死んだ!」と一声……。
ショルムスも今は自分の過《あやま》った手元に困ったような顔をしている。
「うぬ!畜生!」とルパンはショルムスに飛びついて咽喉《のど》を絞《し》め上げた。ショルムスは苦しさに身をもがくばかり。
「まあ、そんな手荒なことを。」と老婦人はうろうろする。ボートルレも驚いて走り寄る。
この時ルパンは相手から手を放し、その傍に突伏《つっぷ》して、息も絶え絶えに声を呑んで男泣きに泣いた。
ああ、とうとう悲劇は来た。
巨人ルパンがすべてを捨てて、平和に日を送ろうという望みは破られて[#「破られて」は底本では「破らてれ」]しまった。
まもなくルパンは起き上り、死んだレイモンドを軽々と背に負うた。
「行こう!ヴィクトワール。」
「行きましょう。」と老婆がそれに従う。
「さようなら、ボートルレ君!」
ルパンと乳母の姿は海岸の方へ寂しく消えていった。
[#地付き](おわり)
底本:「小學生全集第四十五卷 少年探偵譚」興文社、文藝春秋社
1928(昭和3)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 彼方→あっち 貴方・貴女→あなた 或→ある 或は→あるいは 如何→いか 不可ない→いけない 一層→いっそう 一杯→いっぱい 否→いや 愈々→いよいよ 中→うち お出で・御出で→おいで 大方→おおかた お蔭→おかげ 反って→かえって か知ら→かしら 微か→かすか 可なり→かなり 兼ね→かね 彼の→かの かも知れ→かもしれ 位→くらい・ぐらい 呉れる→くれる 此奴→こいつ 御ざる→ござる 毎→ごと 御らん→ごらん 今日は→こんにちは 流石→さすが 左様→さよう 更に→さらに 然し→しかし 然も→しかも 頻りに→しきりに 暫く・暫らく→しばらく 失敗った→しまった ずい分→ずいぶん すぐ様→すぐさま 即ち→すなわち 是非→ぜひ 其奴→そいつ 密と→そっと その内→そのうち 大層→たいそう 大抵→たいてい 大分→だいぶ 大変→たいへん 沢山→たくさん 只・唯→ただ 忽ち→たちまち 多分→たぶん 給え→たまえ 段々→だんだん 丁度→ちょうど 一寸→ちょっと 遂に→ついに (て)上げ→あげ (て)行→い (て)頂→いただ (て)置→お (て)来→き・く・こ (て)参→まい (て)見せ→みせ (て)見→み (て)貰→もら 何処→どこ 尚→なお 仲々→なかなか 何故→なぜ 成る可く→なるべく 成程→なるほど 許り→ばかり 筈→はず 判然→はっきり 酷く→ひどく 一先ず→ひとまず 可き→べき 程→ほど 将に→まさに 先ず→まず 益々→ますます 迄→まで 侭→まま 間もなく→まもなく 見たい→みたい 見る見る→みるみる 勿論→もちろん 尤も→もっとも 最早→もはや 様に→ように 漸く→ようやく 他所→よそ 等→ら 訳→わけ 僅か→わずか」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※底本中、混在している「ボードルレ」「ボートルレ」は「ボートルレ」、「イジドール」「イジトール」は「イジドール」、「バルメラ男爵」「バラメラ男爵」「バラメル男爵」は「バルメラ男爵」、「レイモンド」「レイラモンド」は「レイモンド」に統一し、「ビクトール」「ヴィクトール」、「エルロック」「ヘルロック」はそのままにしました。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
※原作品では、暗号紙片に欠けがあり、解読がそのままでは困難なものになっています。この底本はそれをほぼ踏襲しておりますが、原作および底本を尊重し、そのままにしました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(荒木恵一)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2006年5月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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