、その男の後をつけることにした。
少年の胸はおどった。父の隠されているその城へ近づいているかもしれない。
怪しい男はこんもりと繁っている森の中へ入ってしまったが、やがてまた森を出て明るい道へ姿を現わした。
ボートルレ少年が森の中を通ってふと前の道へ出ると驚いた。男の影も形もなくなっている。きょろきょろあたりを見まわした少年は、たちまちあ!と叫んで元の森の中へ飛んで帰って身を隠した。見よ!少年の右手の方に大きな塀で囲まれた、巨大な古城が聳え立っているではないか。
これだ!これだ!父が閉じ込められている城はこれだ!ルパンがその誘拐した人を閉じ込めている牢屋はとうとう見つけ出された。
少年は自分の身体を見られないように用心しながらその城を見ていた。そしてその日はそれで止めた。よく落ちついて考えてから仕事に掛らなければならない。
少年は戻り掛けた。途中で二人の田舎娘に逢ったので早速尋ねてみた。
「あの、森の向《むこ》うにある古いお城は何という城ですか?」
「あれはね、エイギュイユ城っていうのよ。」
少年はその答えを聞いてはっと驚いた。
「え!エイギュイユ城ですって……ここは何県ですか?アントル県ですね、たしか?」
「いいえ、アントル県は川の向う岸よ。ここはクリューズ県ですよ。」
ボートルレは全く驚いてしまった。エイギュイユ城!クリューズ県!エイギュイユ・クリューズ!古い紙片《かみきれ》の暗号はこれ!ああ今度こそきっと少年の勝利に違いない!
古城の主
ボートルレはすぐに決心した。今度は一人でやろう、警察に知らせるとかえって騒がしくなるばかりで、ルパンにすぐ感づかれる恐れがある。
ボートルレは役場へ行ってエイギュイユ城の持ち主を調べた。持ち主はバルメラ男爵という人で、今はその男爵はエイギュイユ城には住んでいない、ということが分った。
少年はすぐその足でパリへバルメラ男爵を訪ねた。そしてすっかり自分の考えやら、父が閉じ込められているらしいことなどを話した。バルメラ男爵の話によると、その城はバルメラ男爵がまたアンフレジーという人に貸しているものだということであった。そのアンフレジーという人は、眼つきが鋭く、髪の毛は茶褐色で、髯はカラーの辺まで垂れてそれが二つに別れている。ちょっと英国の僧侶というような風采だということだった。
「彼奴《きゃつ》です。」とボートルレはいった。
「アルセーヌ・ルパンに違いありません。」
バルメラ男爵はその話をたいへん面白がって聞いていた。バルメラ男爵も新聞で見て、ルパンとボートルレとの闘いは知っていた。
ボートルレはその決心を男爵に打ち明けた。夜中《やちゅう》に一人でその壁を乗り越えて、少年は父を救い出す決心なのである。バルメラ男爵はいった。
「あなたはそう何でもないようにいいますが、あの壁はそうたやすく乗り越せるものではなく、よしや壁を越えたとしても、城の中へはどうして[#「どうして」は底本では「どうへして」]入ります?それに城の中だって八十も室《へや》があって、とても分るものではありませんよ。」
「じゃ、どうぞ僕と一緒に来て下さい。」とボートルレはいった。
初めは断っていたバルメラ男爵も、とうとうボートルレ少年と一緒にその城に忍び込むことになった。男爵はその翌日|真赤《まっか》に錆びた鍵を持ってきてボートルレに見せた。
「これは叢《くさむら》の中にうずもれている小さな潜戸《くぐりど》を開ける鍵です。」
ボートルレはあわてて口を挟《さしはさ》んだ。「ああ、いつか僕がつけた男が消えたのは、その叢の中の潜戸ですね、よし、勝利は私たちのものです、お互に力を協《あ》わせてやりましょう。」
夜陰の城へ
二人は種々《いろいろ》と考えをめぐらし、支度を整えた。バルメラ男爵は馬方に、ボートルレは椅子直しに変装した。二人の他にボートルレの学校の友達が二人、その二人も同じように椅子直しに身を変えた。そして四人はいよいよ城のあるクロザンへ入り込んだ。
みんなは三日間その村にいて古城のまわりを密かに調べながら、月のない暗い夜を待った。
四日目の夜、空は真黒《まっくろ》な雲に覆われた。バルメラ男爵はいよいよ今夜忍び込むことに決めた。
四人は忍びながら林の中を通りすぎて例の叢の小門《しょうもん》に近づいた。ボートルレは鍵を挿し込んで静かに※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した。戸は幸に音もなく開いた。二人の友達を外に見張りさせて、ボートルレとバルメラ男爵は庭の中へ入り込んだ。その時空の雲が途切れて月の光が芝生の上に流れた。二人はその蒼い月の光で古城をあおぎ見ることが出来た。それはたくさんの針のように尖った屋根が、真中に聳え立っている櫓を囲ん
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