、仲間の者に知らせてやったのもレイモンド嬢であった。例の皮帽子をとり替えてやったのもレイモンド嬢である。ボートルレをわざと怪しく思わせるために、その前の日にボートルレを小門の前で見たといったのも、やはりレイモンド嬢の考えた偽であった。しかしこの偽のために、ボートルレはレイモンド嬢を怪しいと思い初めるようになったのだった。
こうして四十日も掛って、レイモンド嬢はルパンを全快させた。ルパンが死んだら、レイモンド嬢に仇討をするという脅迫の紙切は、やはりレイモンド嬢が考えて書かせたものであった。
ジェーブル伯邸で起った事件の不思議な一つ、傷ついたルパンがどうしても発見されなかったわけがこれで分った。ルパンはやはり僧院の中にあって、レイモンド嬢の親切な看病を受けて全快したのである。
それでは何故《なにゆえ》にレイモンド嬢を誘拐したのであろうか? 四十日の間レイモンド嬢の優しい看病を受けたルパンは、レイモンド嬢と結婚したいという望みを持つようになった。しかしレイモンド嬢は、ルパンの傷が治っていくごとに、土窖の中へ訪ねてくるのが少なくなった。ルパンの傷がすっかり[#「すっかり」は底本では「すっから」]治ってしまったら、もうレイモンド嬢に逢うことは出来なくなるであろう。
それでとうとうルパンは土窖の中を出ると、種々《いろいろ》の仕度をととのえて、レイモンド嬢を誘拐してしまったのであった。
しかし誘拐しただけではレイモンド嬢を探し出そうとするに違いないと思ったルパンは、レイモンド嬢は死んでしまったように思わせなければならない。
また一方ルパンも死んでしまったように思わせるために、僧院の土窖の中へ死体をおいた。そしてその死体はちょうど大石が落ち込む下のところにおき、その頭は大石の下になって人相が分らないようにくだけてしまうような仕掛けになっていた。それと同時に海岸にはレイモンド嬢の死体が打ち上げられた。その死体も同じように人相は見分けられないほど腐っていた。ただ腕輪がレイモンド嬢のであったから、レイモンド嬢の死体だろうと思われたのであった。
この二つの事件からボートルレは考えついたことがあった。それはちょうどその四五日前に、ある宿屋に泊っていた若い夫婦が毒を飲んで死んだことが新聞に出ていた。そしてその二人の死体は、親類の者だという者が出てきて引き取っていったのであった。いつかボートルレが自転車を飛ばしてある村の役場を調べに行ったことがあった。その時に、ボートルレはこれらのことを調べてきたのであった。そしてこの死んだ夫婦の親類というのは、ルパン一味の者に違いないということを、ボートルレはたしかめたのであった。
こうしてルパンとレイモンド嬢の身替りをつくって、すべての世間を欺いた。
しかしガニマールとショルムスとボートルレの三人は欺くことが出来ない。でとうとうルパンはガニマールとショルムスを誘拐し、ボートルレに傷を負わせたのである。
しかしただ一つ分らないことがある。あの不思議な暗号の紙切、エイギュイユ・クリューズ(空の針)の秘密が隠されているあの紙切を、烈しい勢でボートルレの手から奪っていったのは何故《なにゆえ》であろうか? ボートルレの頭の中にはもうあの暗号はすっかり覚え込まれている。それともあの紙切に記してある暗号よりも、あの紙切が大切なのであろうか。
紙切のことはしばらくそのままにしておいて、ジェーブル伯邸に起った事件の真相はついに発表せられた。ルパンに脅迫されながらもボートルレはとうとう黙っていることが出来なかった。発表された真相は余りに思い掛けないことであった。人々は今更のように驚いた。
この真相発表のあった日の夕方の新聞に、ボートルレのお父さんが誘拐せられたという記事が出た。
これにはさすがのボートルレもぼんやりとして、しばらくはどうすればいいのか分らなかった。負けず嫌いのボートルレ少年はとうとうルパンの言葉に従わなかったのだ。しかしあの厳しい兵器庫の中にたくさんの人に守られている父親を、いかにルパンだって誘拐することは出来まいと思っていたのだった。少年の父親は、決して一人では外へ出さないようにし、またよそから来る手紙なども他の人が見てからでないと渡さないことにしてあった。
その厳しい警戒の中を、どうして誘拐していったのであろうか。ルパンの恐ろしい力にはどうしても勝てないのであろうか。
やがて少年は、どうしても父親を探し出そうと決心した。少年は兵器庫のあるシェルブールへ向う汽車に乗った。
不思議な一枚の写真
シェルブールの停車場には、父を預けておいた兵器庫の役人のフロベルヴァルが、十二三歳になる娘のシャルロットを連れて少年を迎《むか》いに出ていた。
「どうしたんです。」とボート
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