報は精しけれども、全体の予報について甚だ到らざるものあり。厩舎に依りて、強がりあり弱気あり、身びいきあり、謙遜あり、取捨選択に、自己の鑑定を働かすに非ざれば、厩舎の情報など聞かざるに如かず。

一、自己の研究を基礎とし人の言を聴かず、独力を以て勝馬を鑑定し、迷わずこれを買い自信を以てレースを見る。追込線に入りて断然他馬を圧倒し、鼻頭を以て、一着す。人生の快味何物かこれに如かんや。而もまた逆に鼻頭を以て破るるとも馬券買いとして「業《わざ》在り」なり、満足その裡《うち》にあり。ただ人気に追随し、漫然本命を買うが如き、勝負に拘《かか》わらず、競馬の妙味を知るものに非ず。

一、馬券買に於て勝つこと甚だかたし。ただ自己の無理をせざる犠牲に於て馬券を娯しむこと、これ競馬ファンの正道ならん。競馬ファンの建てたる蔵のなきばかりか(二、三年つづけて競馬場に出入りする人は、よっぽど資力のある人なり)と云わる、勝たん勝たんとして、無理なる金を賭するが如き、慎しみてもなお慎しむべし。馬券買いは道楽也。散財也、真に金を儲けんとせば正道の家業を励むに如かず。
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底本:「日本の名随筆96 運」作品社
   1990(平成2)年10月25日第1刷発行
底本の親本:「菊池寛文学全集 第八巻」文藝春秋新社
   1960(昭和35)年10月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2007年4月10日作成
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