と、敵の刀の切れ味の鈍いのが恨まれた。
彼は、惣八郎から恩を着ることを欲しなかったのである。彼が昏倒した時に、もし意識が残っていて、そのまま殺されるのが良いか、惣八郎に助けられるのが良いかと尋ねられたら、彼は即座に死の方を選んだであろう。
甚兵衛と惣八郎とは、犬猿もただならぬ仲というのではなかった。しかし、甚兵衛は、惣八郎がなんとなく嫌であった。磊落《らいらく》な甚兵衛には、つんと取り澄ました惣八郎が気に入らなかった。その上、甚兵衛が惣八郎に含んでいることが一つある。それはほかでもない惣八郎と甚兵衛とは、兵法の同門であった。三年前、産土神《うぶすながみ》の奉納仕合に、甚兵衛と惣八郎は顔が合った。その時に甚兵衛は敗れたが、それ以来、甚兵衛はその敗戦を償《つぐな》うため、身を砕いて稽古をした。そして、惣八郎と今一度の手合せを願っている。ところが惣八郎はいろいろな口実で、それを避けた。「惣八どのと甚兵衛どのとは、腕前においていずれが上じゃ」などいう懸案が同門の間に、提出せられるたびに、惣八郎は「われらがごとき」といって謙遜した。しかし、その言葉の後に洩す微笑は、その言葉の文字通りの意味を取り消していると噂された。が、二人は道で会えば、会釈もした。同席の場合には、言葉も交した。しかし甚兵衛は、一時の勝利の効果を長く保存しようとする惣八郎を、かなり含んでいて、いつかは目に物見せようと心掛けていた。その相手から、彼は意外にも恩を着たのである。
彼は、強い衝動のために起った頭の痛みを感じながら、惣八郎によって、無意識のうちに着せられた恩を悔んだ。
「惣八郎どのが、甚兵衛の持て余した敵を打ち取った。甚兵衛は、日頃大口を叩くが、戦場では殊のほか手に合わぬ男じゃ」という噂が陣中に伝わったらどうしようかと考えた。その上、自分の嫌な男を一生の命の恩人として持っていることは、いかに不快であるかを考えた。
彼は力なく立ち上って、陣へ退く途中でいろいろと頭を悩ました。そして、とうとうこの不快を取り除く第一の手段は、早く恩返しをすることだと考え付いた。惣八郎の危難を助けてやればよい、彼の受けただけの恩を返してやればよいと思った。その上、今は戦場である。そんな機会が、幾度も来るに違いないと思った。すると、余り屈託をした自分がばからしくなってきた。彼は元気をかなり取り返すことができた。
陣中
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