、すっかりおいて明日限り立ち退けと、むごい宣告を下したのでした。小屋は、貧しく小さかったが、ネルロたちは、どんなになつかしい思い出を、そこに持っていることでしょう。夏になれば、一面にまといついて繁るぶどう。朝まだき、露をふくんで彼等にほほえみかける、畑の豆の花。彼等のどんなよろこびも、どんなかなしみも、みんな見守っていたこの小屋。どんなにつかれてかえって来ても、安らかにいこわせてくれたこの小屋。――その晩ネルロとパトラッシュは、一晩中火の気のない炉ばたで、灯《ともしび》もつけず抱き合っていました。めいめい、心の中に、この小屋の、すぎ去った日のことを思い起しながら――
やがて一夜があけました。それはクリスマスの前の日でした。ネルロはふるえながら、冷え切った両腕でかたく犬を抱きしめた。大粒の涙が、はらはらと犬の額にかかりました。
「パトラッシュ、行こうよ。ね、行こう。僕らはじっとして蹴り出されるまでもない。ね、さ、行こう。」
ふたりは、かなしげに並んで小屋を出ました。どんな大事なものも、どんななつかしいものもすっかり残して、全くの着のみ着のままで――。緑いろの牛乳車のまえをとおる時、パトラッシュは、さも切なげに頸をたれてしまいました。ああこれももうふたりのものではないのでした。
彼等は、通いなれた道を、アントワープの方へ辿りました。まだ太陽は登らず、道に沿うた大抵の家は、まだ戸を閉めていました。町には、二三の人影もありましたが、誰も少年と犬をふりむく人はありません。
ネルロはある家の前に来ると、立ち止って、訴えるような目つきで家の中をのぞきました。それは、おじいさんが元気だったころ、よくやって来たことのある人の家でした。
「もし。パンの堅皮がありましたら、犬にやって下さいませんか。これはもう老いぼれている上に、きのうのおひるから、なんにも食べてないのです。」と、ネルロはおそるおそる言いました。すると家の女の人はすばやく戸をしめて、このごろは麦が高くって、というようなことをぶつぶつ呟くのでした。ネルロとパトラッシュはとりつくすべもなく、またとぼとぼとつかれた足をひきずって行きました。町についた時には、もう鐘は十時を鳴らしていました。
「僕がなんか売れそうなものを持ってたら、パトラッシュにパンを買ってやれるんだが。」
だが、ネルロが身につけているものと言っては、ぼろぼろの着物と、汚れた木靴だけでした。パトラッシュはネルロの心持を悟って、鼻先をネルロの掌《て》の中《うち》に押しつけ、どうか、自分のためなら心配してくれるな、なにもいらぬからと、頼むような様子をみせました。
その日の十二時には、例の画の審査の結果が発表されることになっていました。その会場の入口には、もう大ぜいの少年が集まっていました。みんなお父さんやお母さんにつれられていろいろささやき合っているのでした。その群に入りこんだ時、ネルロの胸は激しく波打って、いたいようでした。彼はパトラッシュをしっかりと抱きしめました。やがて町の大鐘が音たかく鳴りわたりました。十二時になったのです。と同時に玄関の扉《ドア》が開いて、大勢はときめく胸をおさえながら、なだれこみました。当選の画は、上段においてある台の上にかざられることになっていたのです。はっと思った瞬間、ネルロは目がくらみ、頭がぼーっとして、からだがくずおれかかりました。ようやく気をしずめて、も一度そのかざられた画を見ましたが、ああ、それは彼の描いた画ではありませんでした。やがて、よくひびき渡る声で、当選した画は、アントワープ生れの埠頭場主《はとばぬし》の子、ステフアン・キイスリングの作であると告げられました。
ネルロが気がついた時は、彼は玄関先の石の上に倒れていて、パトラッシュが一生懸命彼を正気づかせようと鼻をすりつけていました。すこしはなれたところでは、アントワープの少年団が入選した名誉ある友達を大さわぎをしてとりかこみながら、これからその埠頭場《はとば》の家まで威勢よく送って行こうとしているところでした。ネルロはよろよろと立ち上って、パトラッシュをしっかり抱きしめました。
「ああ、もうだめだ。パトラッシュ、もう何もかも。」
ネルロは幾度も倒れそうになるのを、ようよう踏みこらえました。もう、お腹が空き切って、辛抱できないほどです。やっぱり、村へひきかえすほかはないのです。犬は頭をたれて、したがいました。パトラッシュの強い足も、もうつかれはてているのでした。雪はますます降りしきりきびしい北風が吹きつけました。野原は殊に凄まじく、慣れた道を横切るにも、並大抵ではないのでした。やっとの思いで村に近づいた時、鐘が四つ鳴りました。突然パトラッシュは立ち止りました。なにか、雪の中にかぎつけたものとみえ、妙な吠え方をして、咬《
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