がかたく閉じられてあるのをながめます。少年はさっさと通りすぎて行くが、その心の中では辛いのでした。
アロアは窓の中で、編ものをしている手に、ほろっと涙を落す。主人のコゼツは、粉袋や粉挽機械の間をせっせと働きながら、いよいよ心をかたくなにして独言《ひとりごと》を言うのでした。
「こうして離しておく方がいいのじゃ。あの子供はどうせ乞食みたいで、その上画家になろうなどと、とんでもないばかげた夢を見ている。まかりまちがえば、こののちどんな不幸《ふしあわせ》が起って来るかもしれん、用心用心。」
こうした間にも、れいの松の板ぎれは、粉挽屋の食堂のストーヴの上の置時計と十字架像の間に、大事そうにかざられてありました。ネルロはときどき、絵だけがこうも歓迎されて、それを描いた自分はなぜ除けものにされるのかしらと、かなしい、さびしいおもいを抱くのでしたが、ネルロは決して恨みがましいことは口に出しませんでした。ひとりずっと、心の中のかなしみに堪《こら》えているのが、彼の性でした。ジェハンじいさんは、よく彼に言い聞かせました。
「わし等は貧乏人じゃ、何でも神さまが下されたものをそのままお受けせねばならぬ。それにはよいことも悪いこともあろう。だが、貧乏人は、えり好みをするのじゃない。」
少年はだまって、おじいさんの言葉を聞いていました。彼はなんにもその言葉に逆いませんでした。しかし、
「いや、貧乏人だって、時にはえらばねばならぬこともある。えらくなる道をえらぶ、それを誰がいけないというものか。」
ネルロはけがれない心に、一途にこう考えていました。
ある日、運河のほとりの麦畑に、ネルロがたった一人で佇んでいると、ふとそれを可愛らしいアロアがみつけてかけ出して来ました。そしてネルロによりそいながら、しくしく泣き出すのでした。明日はアロアの誕生日なので、これまでなら、ネルロを招いて、おいしい御馳走をしたり、大きな納屋であそびまわったりして、たのしくすごせるはずなのに、今年に限ってお父さんもお母さんも、ネルロを呼んではいけないと言い渡されたのでした。ネルロはやさしく少女に接吻《キス》してそして、深く胸の中《うち》に決心したことをささやくのでした。
「ね、アロアちゃん、僕もいつかはきっとえらくなってみせますよ。やがて時が来れば、お父さんが持っていらっしゃる僕の描いたあの松の板ぎれだって、あの大きさの銀を出しても変えない程な値が出ますよ。そうなったら、お父さんだって、戸を閉めて僕を入れないようなことはなさらないでしょう。ただ、アロアちゃん僕を忘れないでね。忘れないで下さいね。僕きっとえらくなるから――」
「まああたしがあんたを忘れるって言うの、そんなこと言うならいいわ。」と愛らしく泣きぬれたアロアは、頬をふくらしてすねたように叫びました。その眼には、まごころがあらわれていました。少年はそれをみると胸がせまって、いそいで目をそらしました。遥か彼方には、宵闇にほの白く、あの旧教の大伽藍がそびえ立っていました。少年の顔には、一瞬間、何か崇高なかがやきがひらめきました。アロアはちょっとこわくなったほどでした。
「僕はえらくなる。」と、少年は深い息をして呟きました。
「アロアちゃん、えらくなれなかったら、僕は死ぬ。」
「死ぬんですって、じゃあたしを忘れてしまうのね。」と、アロアは少し苛立ってネルロを押しのけました少年は頭をふって、ほほ笑み、脊丈ほどもある、黄色に熟れた麦のかげを、家の方へかえって行くのでした。少年の目には幻が浮んでいました。――いまにきっと幸福《しあわせ》になれる時が来る。名を成して再び故郷にかえって来て、あらためてアロアのお父さんに挨拶したら、その時、お父さんはどんなに僕をよろこびむかえてくれるだろう。村の人達も僕を見ようとして集まって来て、あわれだった昔のことなど思い出し、よけいその成功をよろこんでくれるだろう。その時が来たら、ジェハンおじいさんには、あのセント・ジャック寺の中に描いてあるえらいお坊さんのように、毛皮や紫の着物を着せてあげて、その肖像を描いてあげよう。それから忠犬パトラッシュの頸には金の頸環をつけてやり、自分のすぐそばへおいて、集まって来る人々に、
「この犬が、前には私のたった一人の友達だったのです。」と紹介しよう。住む家は、あの大寺院の塔のみえる丘の上へ大理石の宮殿のようなのがいい。そこへ多くの貧乏な淋しいそして大きな望みを抱いている少年たちをあつめ、明るくたのしい生活を与えてやって、彼らをはげまし、もし彼らが自分の名をほめたたえるようなことがあれば「いや、私に感謝する程のことはない。ルーベンスに感謝しなさい。もしルーベンスがなかったら、私はなんにもなれなかったろう。」と言おう――こんな空想が、全く清らかにあどけなく、ほほえま
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