り元気になったのでした。
 父親も母親もそれを見てすっかりおどろきました。
「どうして犬をなおしたのだ。」
と親たちはたずねました。
「わしはどんな病気でもなおすことの出来る根っこを二本持っていた。それを一つこの犬がのんだのだ。」
とイワンは答えました。
 ところが、ちょうどその頃、王様のお姫様が病気にかかりました。王様は町々村々へおふれを出して、姫をなおした者には望み次第のほう美を与える、もしそのなおした者におよめさんがなかったら、姫をおよめさんにやるとつたえさせました。このおふれはイワンの村にも廻って来ました。
 イワンの父親と母親は、イワンを呼んで言いました。
「お前王様のおふれを聞いたかね。お前の話と、どんな病気でもなおせる木の根っ子を持っているそうだが、これから一つ出かけてなおしてあげないかな。そうすりゃお前、これから一生|幸福《しあわせ》に暮せるわけだがね。」
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
 そこでイワンは、出かける仕度をしました。イワンの両親は、イワンに一番いい着物を着せました。ところがイワンが戸口を出るとすぐ、手萎《てなえ》の乞食ばあさんに、出あいました。
「人の話で聞いて来たが、お前様は人の病気をなおしなさるそうだが、どうかこの手をなおしておくんなさい。わしゃ一人じゃ靴もはけないからな。」
とそのばあさんは言いました。
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。そして、例の木の根っ子をくれてやって、それをのめとおばあさんに言いました。乞食ばあさんは、それをのんで、なおりました。手はわけなく動かすことが出来るようになりました。
 父親と母親は、イワンについて王様のところまで行くつもりで、やって来ましたが、イワンがその根っ子をやってしまって、お姫様をなおすのが一本もなくなったと聞いて、イワンを叱りました。
「お前は乞食女をあわれんで、王様のお姫様をお気の毒とは思わないのだ。」
と言いました。しかし、イワンは、王様のお姫様もやはり気の毒だと思っていました。それで、馬の仕度をすると、荷車の中に藁をしいてその上に坐り、馬に一むちくれて出かけようとしました。
「どこへ行くんだ、馬鹿!」
「王様のお姫様をなおしに。」
「だがお前はもう一本もなおせるものをもっていないじゃないか。」
「ううん、大丈夫。」
とイワンは言いました。そして馬を出しました。
 イワンは王様の御殿へ馬を走らせました。ところが、イワンがその御殿の閾《しきい》をまたぐかまたがないうちに、お姫様はなおりました。
 王様は大そう喜んで、イワンをおそば近く呼んで、大へん立派な衣しょうを着せました。
「わしの婿になれ。」
と王様はおっしゃいました。
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
 そこでイワンは、お姫様と御こんれいしました。そのうち王様はまもなくおかくれになったので、イワン[#「ン」は底本では重複]は王様になりました。こうして三人の兄弟は一人のこらず王様になりました。

        九

 三人の兄弟はこうして、それぞれ王様になって国を治めました。長男の兵隊のシモンは大へんゆたかになりました。シモンは藁の兵隊でほんとの兵隊を集めました。かれは国中にふれを出して、家十軒ごとに兵隊一人ずつ出させました。ところがその兵隊はみんな背が高くて、かおかたちの立派なものでなくてはならないのでした。シモンはそんな兵隊をたくさん集めて、うまくならしておきました。そしてもし自分にさからう者があると、すぐさまこの兵隊をさし向けて、思い通りにしまつをしたので、誰もがシモンを恐がり出すようになりました。がしかし、シモンの暮しは大へんゆかいなものでした。眼について欲しいなと思ったものは何でもシモンの所有《もの》でした。シモンが兵隊をさし向けると、兵隊はシモンの欲しいものを立ちどころに持って来ました。
 肥満《ふとっちょ》のタラスもまたゆかいに暮していました。タラスはイワンから貰った金を少しもむだに使いませんでした。使わないばかりか、ますますそれを殖やしました。タラスは自分の国中におきてやさだめを作りました。金はみんな金庫へしまい、人民には税金をかけました。人頭税や、人や馬車には通行税、靴、靴下税、衣しょう税などをかけました。それからなお、自分で欲しいと思ったものは、何でも手に入れました。金のためには人民は何でも持って来るし、またどんな働きでもしました。――と言うのは、人民たち誰もかれもが金が要ったからでした。
 イワンの馬鹿もやはり悪い暮しはしませんでした。亡くなった王様のおとむらいをすますとすぐ、王様の服をぬいで妃に箪笥《たんす》へしまわせました。そしてまた元の粗末な麻のシャツや股引《ももひき》、百姓靴をつけて、百姓仕事にかえりました。
「あれじゃとてもやりきれない。退屈で、おまけにからだがぶくぶくに肥《ふと》って来るし、食物《たべもの》はまずく、寝りゃからだがいたい。」
とイワンは言いました。そして両親や唖の妹をつれて来て元のように働きはじめました。
「あなたは王様でいらせられます。」
と人民の者が言いました。
「そりゃそれにちがいない。だが王様だって食わなけりゃならん。」
とイワンは言いました。
 そこへ大臣の一人がやって来て言いました。
「金がないので役人たちに払うことが出来ません。」
「いいとも、いいとも。なけりゃ払わんでいい。」
とイワンは言いました。
「でも払わないと、役についてくれません。」
「いいとも、いいとも。役につかないがいい。そうすりゃ、働く時間がたくさんになる。役人たちに肥料《こやし》を運ばせるがいい。それに埃《ごみ》はたくさんたまっている。」
 そこへ人民たちが、裁判してもらいにやって来ました。そして中の一人が、言いました。
「こいつが私の金を盗みました。」
 するとイワンは言いました。
「いいとも、いいとも。そりゃこの男に金が要ったからじゃ。」
 そこで人民たちはイワンが馬鹿だと言うことに気がつきました。そこで妃はイワンにこう言いました。
「人民どもはみなあなたのことを馬鹿だと申しております。」
 するとイワンは言いました。
「いいとも、いいとも。」
 妃はそれでいろいろ考えてみました。しかし妃もやはり馬鹿でした。
「夫にさからってはいいものかしら、針の行くところへは糸も従って行くんだもの。」
と思いました。
 そこで妃は着ていた妃の服をぬいで箪笥にしまい、唖娘のところへ行って百姓仕事を教わりました。そしてぼつぼつ仕事をおぼえると、夫の手だすけをしはじめました。
 そこで賢い人はみんなイワンの国から出て行き、馬鹿ばかり残りました。
 誰も金を持っていませんでした。みんなたっしゃで働きました。お互いに働いて食べ、また他の人をも養いました。

        一〇

 年よった悪魔は、三人の兄弟を取っちめたと言うたよりが来るか来るかと待っていました。が待っても待っても来ませんでした。そこで自分で出かけて行って、調べはじめました。かれはさんざんさがしまわりました。ところが三人の小悪魔にはあえないで、三つの小さな穴を見つけただけでした。
「てっきりやりしくじったにちがいない。そうとすりゃおれがやりゃよかった。」
 そこで三人の兄弟をさがしに出かけましたが、かれらは元のところには住んでいないで、めいめいちがった国にいるのがわかりました。三人が三人とも、いい身分になって、立派に国を治めていました。それが、年よった悪魔をひどく困らせました。
「ようし。じゃおれの腕でやらなくちゃなるまい。」
と年よった悪魔は言いました。
 年よった悪魔は、まず一番にシモン王のところへ、出かけました。しかし自分のほんとの姿ではなく、将軍の姿にばけて、シモンの御殿へのり込みました。
「シモン王様。」
と年寄りの悪魔は言いました。
「かねてお勇ましい御名前はよくうけたまわっております。つきまして、私《わたくし》も兵のことについてはいろいろと心得ております。ぜひあなたに御奉公申し上げたいと存じます。」
と言いました。
 シモン王は、いろいろたずねてみました。そして、かれが役にたつことがわかったので、そば近く置いて使うことにしました。
 この新しい司令官は、シモン王に強い軍隊の作りかたを教えはじめました。
「まず第一にもっと兵隊を集めましょう。国にはまだうんと遊んでいるものがおります。若い者は一人残らず兵隊にしなくちゃいけません。すると今の五倍だけの兵隊を得ることになります。次には新しい銃と大砲を手に入れなくちゃなりません。私《わたくし》は一時に五百発の弾丸《たま》を打ち出す銃をお目にかけることにいたしましょう。それは弾丸《たま》が豆のように飛び出します。さてそれから大砲も備えましょう。この大砲はあたれば人でも馬でも城でも焼いてしまいます。何でもみんな燃えてしまう大砲です。」
 シモン王はこの新しい司令官の言うことに耳をかたむけて、国中の若者残らずを兵隊にしてしまい、また新式の銃や大砲をつくるために、新しくたくさんの工場をたてて、それらのものをこさえさせました。やがて、シモン王は、隣りの国の王に戦をしかけました。そして敵の軍隊に出あうやいなや、シモン王は兵隊たちに命令して新しい銃や大砲を雨霰《あめあられ》のように打ちかけて、またたく間に敵の軍隊の半分を打ち倒してしまいました。そこで隣の国の王はふるえ上って降参し、その領地のすべてを引きわたしました。シモン王は大喜びでした。
「今度は印度王をうち平げてやろう。」
とシモン王は言いました。
 ところが印度王はシモン王のことを聞いて、すっかりその考えをまねてしまいました。そしてそればかりでなく、自分の方でいろいろと工夫しました。印度王の兵隊は、若い者ばかりでなく、よめ入前の娘まで加えて、シモン王の兵隊よりもずっとたくさんの兵隊を集めました。その上シモン王の銃や大砲とそっくり、同じものを作り、なお空を飛んで爆弾を投げ下す方法まで考えつきました。
 シモン王は、隣の国の王を打ち負かしたと同じように印度王を負かしてやろうと考えて、いよいよ戦をはじめました。けれども、そんなに切れ味のよかった鎌も、今ではすっかり刃がかけてしまっていました。印度王はシモンの兵隊が弾丸《たま》のあたる場所まで行かないうちに、娘たちを空へ出して爆弾を投げ下させました。娘たちは、まるで油虫《あぶらむし》に砂でもまくように、シモンの兵隊の上に、爆弾を投げ下しました。そこで、シモン王の兵隊は逃げ出し、シモン王一人だけ、とり残されてしまいました。印度王はシモンの領地を取り上げてしまい、兵隊のシモンは命からがら逃げ出しました。
 さて、年よった悪魔はこちらを片づけたので今度はタラス王の方へ向いました。かれは商人に化けてタラスの国に足をとめ、店を出して、金を使いはじめました。かれは何を買っても大へん高くお金を払うので、誰もかもお金欲しさに、どしどしこの新しい商人のところへ集まって来ました。そこで大したお金が人々のふところに入って、人民たちはとどこおりなく税金を払うことが出来ました。
タラス王はほくほくもので喜びました。
「今度来たあの商人は気に入った。これでおれはよりたくさんの金を残すことが出来た。したがっておれの暮しはますますゆかいになるというものだ。」
とタラス王は思いました。
 そこでタラス王は、新しい御殿をたてることにしました。かれは掲示を出して、材木や石材などを買入れることから、人夫を使うことをふれさせ、何によらず高い価《ね》を払うことにしました。タラス王はこうしておけば、今までのように人民たちが先を争って来るだろう、と考えていました。ところが、驚いたことには、材木も石材も人夫もすっかりれいの商人のところへ取られてしまいました。タラス王は価《ね》を引き上げました。すると商人は、それよりもずっと上につけました。タラス王はたくさんの金がありましたが、れいの商人はもっとたくさん持っています。で、商人は何から何までタラス王の上に出まし
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