子の中へしまって、また仕事をつづけました。そしてすっかり鋤きおえると、家《うち》へ帰りました。彼は馬をときはなして家《うち》へ入りました。するとそこには、兄の兵隊のシモンとそのお嫁さんが、夕飯《ゆうめし》を食っていました。シモンはその領地をすっかり取り上げられてしまい、命からがら牢屋をぬけ出して父親の家《うち》で暮すつもりで帰って来たのでした。
 シモンはイワンを見ると、こう言いました。
「おれはお前と一しょに暮すつもりでやって来たんだが、おれの主人が見つかるまでおれと家内をやしなってくれ。」
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
「どうぞいなさるがいい。」
 ところがイワンが長椅子へ腰を下そうとすると、シモンのお嫁さんがその着物の臭いのを嫌って、シモンに、
「私はこんな汚い百姓と一しょに御飯をたべるのはいやです。」
と言いました。
 そこでシモンは、
「お前の着物が大へん臭いので家内がいやだというのだよ。お前外へ行って飯を食ったらいいだろう。」
と言いました。
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
「どうせ私は馬の飼葉《かいば》の世話をせにゃならんから、外へ行こう。」
 そうしてイワンは少しのパンと外套《がいとう》を持って牝馬をつれて野原へ行きました。

        四

 シモン係の小悪魔は、その晩すっかり自分の仕事をおえて、約束通りイワン係の小悪魔をたすけて、馬鹿をへこましてやるつもりで畑へやって来ました。彼はそこらあたりをさがし廻りましたが、仲間のすがたはみえないで、ただ一つ小さな穴を見つけました。
「こりゃきっと仲間の上によくないことが起ったわい。するとおれがあいつの代りをしなくちゃならない。この畑はすっかり鋤き返されてしまったから、あの馬鹿をとっちめるにはどうしてもあの牧場《まきば》だな。」
 そこで小悪魔は牧場へ出かけて行って、イワンの秣場《まぐさば》に水をまき、草を泥だらけにしておきました。
 イワンは野原から夜明け方に帰って来て、鎌をといで、秣場へ草刈りに出かけました。が、どうしたものか鎌を一二度ふったばかりでひどく刃がまがって、ちっとも切れなくなって、またとがねばなりませんでした。イワンはしばらく刈っていましたが、やがて、
「こりゃいけねえ。鎌とぎ道具を持って来なくちゃ。そしてパンも持って来ることにしよう。たとえ一週間かかったって、草を刈ってしまわずにおくものか。」
とひとりごちました。
 小悪魔はそれを聞いて考え込みました。
「こいつはなかなか手に負えないぞ。こんな手じゃとても馬鹿を取っちめることは出来ない。何か他の手でやってみなくちゃ。」
 イワンは家《うち》へ帰って鎌をといでまた草を刈りはじめました。小悪魔は草の中へもぐり込んで、その鎌の先きを捉えて、切尖《きっさき》を地へ突っ込むようにしはじめました。イワンは、仕事が大へん骨折れると思いましたが、それでも秣場をすっかり刈りおえて、沼地に入っているところだけ少し残しました。小悪魔はその沼地へ入り込んで、
「たとえ両手を切り取られたって、刈らせるこっちゃない。」
と考えました。
 イワンはやがてその沼地へ来ました。草はそう茂ってはいませんでした。が、鎌は思うように動きませんでした。イワンはすっかり怒ってしまってある限りの力をこめて、鎌をふりはじました。小悪魔は力負けして、もうとても持ちこたえることが出来なくなりました。いよいよだめだと思った小悪魔は、くさむらの中へよろけこんでしまいました。イワンは鎌をふってそのくさむらを引っ掴んで刈りましたので、小悪魔はそのしっぽを半分切り取られました。イワンは刈り取った草を妹にかき寄せるように言いつけて、今度はライ麦を刈りに行きました。イワンが鎌を持って行ってみると、れいのしっぽを切られた小悪魔は先に廻って麦を滅茶苦茶に乱しておいたので、また鎌がつかえなくなりました。それでイワンは家《うち》へ行って、別の鎌を持って来て、それで刈りはじめ、すっかりライ麦を取り入れてしまいました。
「さて、今後は燕麦《からすむぎ》にかかることにしよう。」
とイワンは言いました。
 すると、しっぽを切られた小悪魔は、考えました。
「ライ麦ではあいつをうまくやっつけることが出来なかったが、燕麦ではきっとやるから、明日になったらどうするか見てろ。」
 小悪魔は翌《あく》る朝急いで燕麦の畑へ行きました。ところが燕麦はすっかり刈り倒してありました。イワンは麦粒のこぼれるのを少くするために、夜どおし刈ってしまったのでした。
 小悪魔はひどく怒りました。
「あの馬鹿め、おれのからだ中傷だらけにしやがるし、うんざりさせやがった。これじゃまるで戦争よりも悪いや。畜生め、ちっとも睡《ねむ》らないんだ。あんなやつにあっちゃとてもかなわない。ひとつ今度は麦束の中へ入って腐らしてやれ。」
 そこで小悪魔はライ麦の畑へ行って、麦束の中に入り込みました。麦束は腐りはじめました。小悪魔は、麦束を暖めましたが、やがて自分のからだもぽかぽかと暖くなって、ぐっすり寝込んでしまいました。
 イワンは馬に草をやると、用意して妹と一しょに、ライ麦を運びにやって来ました。やがて麦束を積みはじめました。二束ほど車に投げ込んで、三束目を上げようとして熊手をつき込むと、その尖《さき》が、小悪魔の背中へ、突き刺さりました。熊手をふり上げてみると、その尖にはしっぽの切れた小悪魔が、のがれようとして、しきりに身をもがいて、のたくっています。
「おやおや、また出て来やがった。」
「いや、ちがうんです。先来たのは私の兄弟です。私はあなたの兄さんのシモンについていたんです。」
と小悪魔は言いました。
「ふん、どいつだってかまやしない。お前も同じ目にあわしてやるのだ。」
 イワンは小悪魔を荷車へたたきつけようとしました。小悪魔は叫びました。
「ま、待って下さい。二度とあなたの邪魔はいたしません。あなたの言いなりに何でもいたします。」
「じゃ、何が出来る。」
「何でもあなたのお好きなものから兵隊をこしらえることが出来ます。」
「兵隊は一たい何の役に立つのだ。」
「何の役にだってたちます。あなたが命令を下しさえすればどんなことでもします。」
「じゃ唄がうたえるかい。」
「ええ出来ますとも、あなたが命令なさりさえすれば。」[#「。」」は底本では欠落]
「よしよし、じゃ一つこしらえてくれ。」
 すると小悪魔は、
「じゃ、その麦束を一束取って地べたにつきたてて、こうおっしゃればいいのです。[#「いいのです。」は底本では「いいのです。」」]
[#ここから2字下げ]
麦束よ麦束よ
おれの家来に命《い》いつける
一本一本の麦藁から
兵隊が一人ずつ飛び出して来い。」
[#ここで字下げ終わり]
 イワンは麦束を取り上げて地べたへ叩きつけると、小悪魔の言った通りやりました。麦束がバラバラに解けて落ちたかと思うと、藁がのこらず兵隊になって、ラッパ吹きや、太鼓打ちまでそろっていました。こうして一隊すっかり出来上りました。
 イワンは面白がって笑いながら、
「こりゃ面白い。立派だ。娘っ子がさぞ喜ぶこったろう。」
と言いました。
「じゃ私をはなして下さい。」
と小悪魔は言いました。
「そりゃいけない。」
とイワンは言いました。
「おれは兵隊を打殻《うちがら》の藁でこさえるのでなくちゃいやだ。でないと折角のいい麦がだめになってしまう。これをもとの麦束に返す方法を教えてくれ。おれはこれから麦を落そうと思っているんだ。」
 そこで小悪魔は言いました。
「それはこうです。
[#ここから2字下げ]
私の家来に命《い》いつける
兵隊よ兵隊よ、
元の藁に飛んでかえれ。」
[#ここで字下げ終わり]
 イワンがこう言うとまた麦の束になりました。そこで小悪魔はたのみ出しました。
「どうぞ、はなして下さいよ。」
 イワンは、
「いいとも、いいとも。」
と言って、小悪魔を荷車の横へ押しあてると、片手でおさえながら熊手から引っこぬいてやりました。
「神様がお前をお守り下さるように。」
とイワンは言いました。
 イワンが神様の名を口にするかしないかに、小悪魔は水に落ちた石のように地べたへ消えてしまいました。そして後には小さな穴が一つだけ残りました。
 イワンは家《うち》に帰りました。家《うち》に帰ってみると、次の兄のタラスと、そのおかみさんが来ていて、晩飯を食っていました。
 肥満《ふとっちょ》のタラスは借金で首が廻らなくなって、父親のところへにげ帰って来たのでした。
 タラスはイワンを見て言いました。
「おい、もう一度商売が出来るまでおれと家内を養ってくれ。」
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
「よかったら、いつまでもいなさるがいい。」
 イワンは上着をぬいで、椅子に腰を下そうとしました。するとタラスのおかみさんが言いました。
「私はこんな土百姓と一しょに御飯はいただけません。この汗の臭《におい》ったらがまんが出来ません。」
 そこで肥満《ふとっちょ》のタラスは言いました。
「どうもお前の臭いはひどすぎる。外で飯を食ってくれないか。」
するとイワンは言いました。
「いいとも、いいとも。どのみち私は馬の世話をしなくちゃならん。飼葉を刈る時刻だからね。」

        五

 タラスの係の小悪魔も、その晩手が空《す》いたので、約束どおりイワンの馬鹿を取っちめるために、仲間へ手をかすつもりでやって来ました。彼は畑へ行ってさんざん仲間をさがしましたが、一人もいませんでした。ただ一つの穴を見つけただけでした。彼は今度は牧場へ行って沼地で小悪魔のしっぽ一つ見つけました。そしてライ麦の刈あとでも、一つの穴を見つけました。
「こりゃきっと仲間によくないことがあったにちがいない。」
と小悪魔は考えました。
「一つおれが代ってあの馬鹿を取っちめなくちゃならないぞ。」
 そこで小悪魔は、イワンをさがしに出かけました。イワンはとうに麦のしまつをして、森で木を伐《き》っていました。二人の兄たちは、急に人数がふえて、狭苦しくなったので、新しい家《うち》をたててもらおうと思って、木を伐れとイワンに命《い》いつけたところでした。
 小悪魔は森へ出かけて行って、木の枝へ這い上って叉に陣どって、イワンの仕事のじゃまをしはじめました。イワンは一本の木の根元を伐りました。ところが、木はバッサリ倒れるはずなのに、倒れぎわに急にまがりくねって、他の枝へ引っかかりました。そこでイワンは、それをこねはずすために、一本の木を伐って棒をつくると、やっとのことで地べたに倒すことが出来ました。イワンはまた他の木を伐り倒しにかかりました。するとまた、前と同じようなことが起りました。イワンは汗びしょになりました。そしてようやく倒すことが出来ました。イワンは三本目の木に取りかかりました。が、今度もやはり同じ目にあいました。
 イワンは、その日のうちに百本くらいは伐り倒すつもりでしたが、まだ十本も伐り倒さないうちに日も暮れかかり、疲れてすっかりへとへとになりました。イワンの身体《からだ》からは、汗が湯気のように立ちのぼりましたが、それでも休まないで、働きつづけました。そしてまた他の木を伐りにかかりましたが、急に背中が痛んで来て、立っていることも出来なくなりました。そこでイワンは、斧をその木の根元に打ち込むと、どっかり腰を下して休みました。
 小悪魔はイワンが仕事をやめたのを見て、大へん喜びました。
「あいつめとうとうくたびれやがったな。あれでもうやめるにちがいない。どれ、おれの方もこれで一休み休むことにするかな。」
と小悪魔は考えました。
 小悪魔は木の枝にまたがって、クスクス笑いました。そのときイワンは急に立ち上がって、斧を引っこぬき、別のがわからうんと一打ち喰わせましたので、木は一たまりもなくどっと倒れました。小悪魔は全くふいを打たれて、足をはずす間もなく倒れた木に手をはさまれました。イワンは枝をおろしにかかりました。ところが小悪魔がその枝にひっかかっ
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