、だんだん、たよりなくなってゆくばかりでした。
すると、ある時のこと、にわかに船長が、ずきんをぬぎ捨てたかと思うと、ぐんぐんかみの毛を引きむしって、気ちがいのようになってしまいました。
みんなは、びっくりして、ばらばらっと、船長のそばへかけよって行きました。
「どうしたんです、どうしたんです。気をしっかり持ってください。」と、てんでに言いました。
すると船長は、
「もうだめです、もうだめです。船は、あぶない潮《しお》の流れの中へ入ってしまいました。もう二三分したら、何もかも、みじんにくだけてしまうでしょう。」と、言ったのでした。
全くでした。船長の言葉が終るか終らないうちに、船は、きみわるく、すうーっと走り出したかと思うと、見る見る、けわしい山のすその、岩の折れかさなった海岸へ、どんとつきあたってしまいました。そして、粉《こな》みじんになってしまいました。
けれども、みんな、ふしぎに助かりまして、つんでいた荷物と、少しばかりの食べ物と一しょに、岩の上へ打ち上げられたのです。
海岸には、難破船《なんぱせん》のかけらと、まっ白になった骨とが、たくさんちらばっていました。
船長は悲しげに、
「さあ、皆さん。死ぬ用意をしましょう。今までに、この海岸に打ち上げられて、助かった人はないのです。ごらんの通り、後はとてものぼることのできない山ですし、また、助け船が来ることのできるところでもありませんから。」と、言いました。
しかし、そうは言っても、食べ物をみんなに分けてくれました。ともかくも、生きていられるかぎりは、生きていた方がいいと思ったからでした。
さて、この島で私がおどろいたことは、大へんきれいな川が、山から流れ出ているのですが、それが、海へ流れ入らないで、海岸にそって少し流れてから、また、山すその岩でできている、ほら穴の中へ流れこんでいることでありました。そして、そのほら穴の中をのぞいてみますと、その入口の岩は、宝石がはめこんであるように、たくさんきらきら光っています。川底にもダイヤモンドだの、宝石だのが、ちらばっていました。それから、海岸の、どんなすみっこのようなところにも、難破船から打ち上げられた荷物が、ころがっていました。
さて、私の仲間は、食べ物がなくなるにしたがって、一人々々と死んでゆきました。それを私は、次から次とうずめてやりました。
そして、とうとう、私一人になってしまいました。私はもともと、何でも、ほんの少ししかたべないたちでしたから、それで私の食べ物が、一番おしまいまで残っていたのであります。
「ああ、悲しいことだ。私が死んだら、だれがうずめてくれるのか。ああ、どうしてももう、自分の国へ帰ることはできないのか。」
ある日のこと、そんなことを思いながら、川のふちを歩いていました。そして、岩穴の中へ流れこんでゆく水を、じっと見つめていました。そのうち、ふと、ある考えが浮かびました。
それは、この川は、一たんは山の中へ流れこんでいるけれど、きっと、またどこかへ流れ出ているにちがいない。そして、この川を下《くだ》ってみたら、ひょっとしたら、助かることができるかもしれない、ということでした。
それから、急に元気が出てきて、海岸にちらばっている、木や板を拾って来て、丈夫ないかだを組みました。そして、たくさんのダイヤモンドだの、ルビーだの、難破船の荷物だのを、つみました。それから、忘れないで、少し残っていた食べ物もつみました。
そして、よくよく気をつけて、いかだを岸からはなしました。
すると、すうーっと気持よく走り出して、すぐに、まっ暗なほら穴の中へ入りました。どんどんどんどん、私はそのまっ暗な中を流れてゆきました。川幅《かわはば》は、だんだんせまくなって、天じょうも、しだいしだいに低くなってゆきました。そして、頭をごつんごつんと打って、だんだん苦しくなりました。それで私は、いかだの上へぺちゃんこに、腹ばってしまいました。
やがて食べ物も、とうとうみんなたべてしまいました。こんどこそ、いよいよ死ぬのだ、と私はあきらめました。そして、いつのまにか、ねむってしまいました。
何時間も何時間も、そのままでいたらしいのです。何だか、がやがやいう声がするように思って、私はふと、目を開きました。
ああ、その時、どんなによろこんでとび起きたか、お察しください。私の目に、青々とした大空が入ったのです。川はしずかに、広々とした、たんぼの中を流れていました。
へんな声だと思ったのは、黒んぼが大勢《おおぜい》よってたかって、私のいかだを、土手の方へ引っぱっていこうとしていたのでした。
私には、黒んぼの言っていることが、ちっともわかりませんでした。しかし、その中にたった一人、アラビヤの言葉を話せる男がいました。そ
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