では、前と同じように、ゼラール中尉に挨拶をする。世間なみの話も快活にやるが、それより深くは一歩も踏み込まないように見える。それで間もなく、ゼラール中尉よりも後から知り合いになった他の士官とより親密になって、軍人同士の遠慮のない友情を結んでしまうのである。
中尉は、いつもきまって取り残されるのであった。彼は仕方なく、一人でカフェーへも行き、オペラへも行かねばならなかったが、新しい士官が来ると、またきまってゼラール中尉と知り合いになり、一月ばかりすると、またきまってゼラール中尉から離れていった。だから一年間の大部分、中尉は孤独であった。
欧州戦争が始まる少し前であった。フレロン要塞へ、ガスコアンという若い大尉が転任してきた。なんでも、今まではブリュッセル陸軍大学の砲兵科の教官をしていたというので、フレロン要塞の参謀の任に当ったのである。戦術においては、深い造詣があるという評判の人であった。
いつもの通り新任のガスコアン大尉にとって、いちばん取っつきやすく思われたのは、ゼラール中尉であった。二人は、最初紹介された時、何かきびきびした挨拶を交わすと、もうお互いに相手の談話ぶりや、ウィットを心の内で賞賛し合った。
それからしばらくの間、カフェー・オートンヌでは、ゼラール中尉は決して一人ではなかった。彼と向いあって新来のガスコアン大尉が座っていた。二人は快活に話しながら、幾度も、リキュールをほすのであった。
二人の友情は、間もなく要塞の士官連の目をそばだてしめるほど、親密に発展していこうとした。
が、一度ゼラール中尉と交際したことのある人たちは、皆、ふふんといったような微笑をもってこの二人を見ていた。ガスコアン大尉に親しくしたいと願った若い士官たちも、安心してしばらく自分の順番を待っているようであった。彼らはまた自分たちの番が、すぐ回ってくるのを、確信しているようであった。
ガスコアン大尉とゼラール中尉との交情は、十日ばかりの間、順当に発展した。が、その間に大尉は初めは少しも気がつかなかった苦いかすが、中尉との交情の中にあることを見出したのである。
大尉は最初の内は、華やかな交情を得たことを欣《よろこ》んでいた。従っていろいろなものをその欣びの中に包んでいたが、その欣びによっても紛らせきれないものが、時々大尉の神経に触り始めたのである。
それは外でもない、中尉
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