くつろいだところを撮らせようといったよ。Tさんの和服姿なんて、素晴らしい特種だぜ」
 と、杉浦はよく得意になっていました。軍服ばかりを着てるT伯の和服姿は珍しいものに違いありませんでした。おしまいには、
「Tさんが、今度俺に銀時計をくれるといったよ」
 などといっていました。銀時計だけは保証の限りでありませんでしたが、とにかく杉浦が、T伯の写真といえば、ときどき特種を取って来たことだけは事実です。部長などは心得たもので、
「杉浦君! 今日は外交調査会がある日だから、一つTさんを撮ってきて下さい。Tさんはあなたに限るようですから」
 などといいつけると、ややお調子者の杉浦は、もう大得意で大カメラの入ったズックを重そうに担いで、意気揚々と出かけて行ったものです。
 T内閣が瓦解した時にも、失望落胆した人が、官僚や軍人の中には、いくらかいたでしょうが、杉浦辰三もその少数の中の一人です。もう、T伯の写真などは、新聞の方で必要がなくなったのです。従って、杉浦はその最も得意な縄張りの一つを無くしてしまったというわけです。
 T伯を失ってから間もなく、杉浦が新しく開拓した縄張りが、前に申した例のM侯
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