ちょうど出かけようとしているところでした。僕の顔を見ると、
「やあ! M侯爵に会いに行ってたって。僕はこれから写真を撮りに行くんだ。どうだい! いい人だろう。あんないい人はないぜ。華族会館にいるんだって。じゃすぐ撮って来よう」
 と、いい捨てるとドンドン音をさせながら、勢いよく階段を駆け降りて行きました。
 M侯爵に嫌われているなどとは夢にも思わず、よろこび勇んで、M侯爵を撮りに行く杉浦の後姿を見ていると、妙に可哀そうに思いました。
 杉浦が行けば、またきっとM侯爵は、「うるさい」などといった口をぬぐって、如才のない言葉を掛けながら、気軽にカメラの前に立つのだと思うと、僕は、今までかなり尊敬していたM侯爵が何だかいやになりました。



底本:「菊池寛 短編と戯曲」文芸春秋
   1988(昭和63)年3月25日第1刷発行
入力:真先芳秋
校正:久保あきら
1999年9月19日公開
2005年10月12日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボラン
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