爵です。
「M侯爵はいいぜ。今日撮った写真なんか、まるで素敵なんだよ。『閣下写真を一つ撮らせて下さい』というと自動車からわざわざ降りてくれたよ。あんないい人はないね」
と、最初はこんなことをいっていましたが、そのうちに杉浦は、M侯爵といつの間にか顔なじみになったらしいのです。何でも講和大使か何かが、帰朝した時でした。杉浦は、東京駅に写真を撮りに行って帰ると、すぐ僕のところへ来ていうのです。
「今日ね、M侯爵が来ていてね、挨拶すると、『やあ! 君はまだ新聞の写真師をやっているのかい。そう人をむやみに追いかけ回す商売は、早く止めたらどうだ』といったよ。僕の顔をちゃんと覚えているのだよ」
とやや得意になっていうのです。僕もM侯爵の平民的なことはかねがね聞いていましたが、写真師風情を捕まえて、こんなに自由な冗談をいうほど気軽なことに、たいへん好感を持ちました。新聞記者をしている者がいちばん癪に触るのは、横柄な貴族です。また貴族を笠に着ている家令とか家職などという連中です。従って、M侯爵のような、気軽な如才ない人は新聞記者――ことに社会部記者にとっては、氏神のようにありがたいものです。僕はまだ一度も面会したことのないM侯爵の風貌を想像しながらこういいました。
「そんなに君のことを、侯爵が気にしてくれるのなら、いっそのこと写真師をよせるような方法を講じてくれてもいいじゃないか。今度会ったら、一つそういってみろ!」
冗談半分にそういいました。すると、杉浦のやつすっかり得意になって、
「俺も、今度会ったらそういおうと思っているんだ。写真館を開業する資金でも出してくれるといいなあ」
などといっていました。M侯爵も、公人としては花形の方ですから、やれ支那を視察に行くとか、明治神宮の地鎮式に祝詞を読んだとか、相撲を見物しているところなどといって、たびたび写真に撮られる方ですから、杉浦もだんだんM侯爵との知己を深めていったわけです。何でも、去年の十月頃でした。杉浦のやつ、得意になって僕に話しかけようとしましたから、またM侯爵との自慢話だろうと思っていますと、果してそうです。
「昨日ね。M侯爵のところへ行って、大変な御馳走になったよ。すっぽんの羮《あつもの》だとか、すっぽんのビフテキだとか、すっかり材料がすっぽんなんだ。あんな御馳走は生れて初めてだったよ」
と、何か大手柄をしたよう
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