のことだ。ぐずぐずしてると、逃げられるぞ。
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間。
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未納 妾、須貝さんを、追掛けてなんかいないからいい、逃げられたって。
昌允 そうか、しかし俺にはそうみえるがね。追掛けていないかもしれないが、そういう気はあるだろう。それなら、追掛けてみた方がはっきりしている。
未納 そんなの、ないわよ、女が男を追っかけるなんて。
昌允 そんなに習慣を重んじるお前でもないじゃないか。
未納 妾は厭よ、そんなの。須貝さんが、妾を嫌いだったら、妾だって嫌いだわ。
昌允 まだそこ迄は行ってないさ。
未納 だったら妾も、じいっとしてるより他、仕方がないじゃないの。
昌允 しかし、競馬とは違うからな。出発点を定《き》めといて、二人が一緒に走り出すものじゃァないだろう。何方かが先に走り出すさ。その方が負だろう。威張ってみたって始まらないよ。
未納 心配して呉《く》れないだっていいの。妾、別に、どうしてもあの人でなくちゃ死ぬ、と言うほどのわけじゃないのよ。そんなに気張って考えなくったっていいと思うわ。
昌允 それはそうだ。ただ、実際の問題として、そう簡単に行くか。
未納 ゆかない?
昌允 ――。そんなことは知らんよ。
未納 お兄さんは此の頃陰気ね。
昌允 (立上る)俺は前と変らない。
未納 以前は、そうでもなかったわ。
昌允 俺はお前に俺の批評をすることは許さん。
未納 うまく言ってるのね。
昌允 なに。
未納 うまく言って、妾に須貝さん牽制させといて、自分は美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんを……って考え、分っててよ。
昌允 あッ、そうか。お前は大分|性質《たち》が悪くなったな。
未納 お兄さんこそよ。
昌允 しかし、俺だってそんなことは気がつかなかった。
未納 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんね。須貝さん好きよ。何とかしなくちゃァ。
昌允 お前と、どっちが沢山だ。
未納 妾なんか、なんでもないんだったら。
昌允 (未納の方を見ないで)お前川原で泣いてたろう。
未納 嘘だわ、そんなこと。
昌允 泥でよごれた顔と、涙でよごれた顔と見わけがつかないと思ってたのか。
未納 ――。
昌允 (坐る)お前が石を、擲《ほう》ってた時、近よって行ったのは俺だよ。
未納 ――。
昌允 須貝さんだと思ってたんだろう。あの時
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