らめながら、「そりゃまあ後でもいいことじゃわいな」と、その場をまぎらそうとした。
「そうか」と、小平太はまた盃を口へ持って行った。「言いたくなければ聞かんでもいい」
男の顔は蒼味《あおみ》を帯びて、調子は妙に縺《もつ》れかかっていた。
「いいえ、言いたくないことはない。どうしても聞いてもらわにゃならぬことだけれど……」
「じゃ、言ったらどうだ?」
「ええ、あのそれは」と、おしおは口籠《くちごも》りながらつづけた。「いつぞやから、今度逢ったら言おう言おうと思っていましたが、何だかまたよけいな御心配をかけるような気もして……じつは前の月からわたし見るものを見ませんの」
「え?」と、小平太はぎくりとしたように言った。「ではあの、お前が妊娠《にんしん》した?」
おしおは黙ってうなずいてみせた。
「そうか!」と、彼は太い息を吐《つ》いた。
「でも、まだよくは分りませんのよ」と、おしおは相手の顔色を見て、すぐに言いなおしにかかった。「ただわたしがそう思っただけ……そんなにお気に懸けるのなら、申しあげなければようござんしたのにねえ」
「なに、言ってくれた方がいいんだ」と、小平太は下を向いたまま言った。
「だって心配そうにしていらっしゃるんだものを」
「気に懸けんでもいい。子どもが生れるとなれば、俺もいっそう気が締るというものだ。とにかく、お前にこの上の苦労はさせんから、心配するな。それよりも一杯注いでくれ!」と、また盃を突き出した。
おしおはちょっと相手の顔を見返したまま、黙ってその盃を充《みた》した。
「心配せんでもいいぞ」と、小平太はまた繰返した。「日ごろ言ったわしの言葉に間違いはないからな。それに間違いさえなけりゃ、お前が気を揉《も》むことはあるまい」
「ええ、それはもうそうに違いございませんけれど……」
「それならもっと注いでくれ、わしは今夜久しぶりに酔ってみたいのだ」
こう言って、小平太はおしおに酌《しゃく》をさせては、ぐいぐいと飲み干した。そして、一本の銚子が空になると、また二本目までつけさせた。が、二本目を飲みきらないうちに、苦しくなって、そこに倒れてしまった。そして、横になったまま、苦しそうに胸を波打たせていた。おしおは気を揉んで、枕を当てがったり、頭を水で冷したり、いろいろ手を尽して介抱してくれた。それまでは覚えていたが、そのうちに少し胸先《むなさき》が
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