」と、新左衛門の声は思わず筒抜《つつぬ》けた。
「はい、加担しております」と、小平太も度胸を定めて言いきった。「主家の没落に遇《あ》って武士の意気地《いきじ》を立てるには、そのほかに道もおざりませぬ。兄上、お察しくだされい」
「ふむ、それは困ったことになったな」と、新左衛門は両腕を拱《こまぬ》いたまま、溜息《ためいき》を吐いた。
「何とおおせられます?」と、小平太も顔色を変えた。「では、兄上は大石殿の一挙に不同意じゃとおおせられるか」
「ずんと不同意じゃ」と、新左衛門は相手の眼を見返したまま言った。「考えてもみい、今の浅野の浪人どもがそのような暴挙に出て、お膝元《ひざもと》を騒がしたら、戸田のお家はどうなると思う? 去年|内匠頭様《たくみのかみさま》刃傷《にんじょう》の際にも、大垣の宗家《そうけ》を始め、わが君侯にも連座のお咎《とが》めとして、蟄居《ちっきょ》閉門《へいもん》をおおせつけられたではないか。今度そんなことがあれば、お家の興廃《こうはい》にも係《かかわ》る一大事じゃ。お前にはそれが分らぬか」
 そう言われてみると、小平太には何と返す言葉もなかった。で、しばらく俯向いたまま無言をつづけていたが、ややあって、
「では、兄上は、私に武士の道を捨てよとおっしゃるか」と、心外らしく聞き返した。
「そうだ、捨ててもらうほかないな」と、新左衛門は言いきった。「いや、お前の心中は察している。兄としても、お前に武士の道を立てさせたい。しかし、わしにはわしの主君がある。主君の大事になると知って、お前をこのままにはしておかれぬぞ」
「とおっしゃるが、かりに私が退くとしましても、大石殿始め一味の徒党が吉良殿の邸へ打入ったとしたら、どうなされます?」
「大石殿のことまでは、われら風情には力及ばぬ。ただ兄として弟がそんな大事に加担《かたん》するのを見てはおられぬと申すのじゃ」
「で、もし私がどうしても脱退せぬと申しましたら?」
「このまま引ったてて、当家の御重役に訴《うった》えでるまでじゃ」
 こう言って、新左衛門はすぐにも立ち上りそうな気勢を見せた。
「ま、お待ちくだされ、しばらくお待ちくだされい」と、小平太は慌《あわ》てて押留めた。ひょん[#「ひょん」に傍点]なことを言いだしたばかりに、とんだことになってしまったとは思ったが、どうにもしかたがない。とにかく、ここは兄の言葉に従っ
前へ 次へ
全64ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森田 草平 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング