棄しておしまいになるでしょうよ。まああんな夢から覚めて好かったと云うように思ってね。どうかまあ貴方のお選びになった生活で幸福に暮して下さいませ!」
 彼女は男の前を去った。こうして、二人は別れてしまった。
「精霊どの!」と、スクルージは云った、「もう見せて下さいますな! 自宅《うち》へ連れて行って下さいませ。どうして貴方は私を苦しめるのが面白いのですか。」
「もう一つ幻影《まぼろし》を見せて上げるのだ!」と、幽霊は叫んだ。
「もう沢山です!」と、スクルージは叫んだ。「もう沢山です。もう見たくありません。もう見せないで下さい!」
 が、毫も容赦のない幽霊は両腕の中に彼を羽翼締《はがいじ》めにして、無理矢理に次に起ったことを観察させた。
 それは別の光景でもあれば別の場所でもあった。大層広くもなく、綺麗でもないが、住心地よく出来た部屋であった。冬の煖炉の傍に一人の美しい若い娘が腰掛けていた。その娘は、自分の娘の向い側に、今では身綺麗な内儀になって腰掛けている彼女を見るまでは、スクルージも同一人だと信じ切っていた位に、前の場面に出て来たあの少女とよく似ていた。部屋の中の物音は申分のない騒々し
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