自分が直接その風を受けたのではなかった。しかしそれは明白に事実であった。と云うのは、この幽霊は全然身動きもしないで腰掛けていたけれども、その毛髪や、着物の裾や長靴の※[#「糸+遂」、27−7]が、竈から昇る熱気にでも吹かれているように、始終動いていたからである。
「この楊子は見えるだろうね?」と、スクルージは今挙げたような理由の下に、早速突撃に立ち戻りながら、また一つにはただの一秒間でもよいから、幽霊の石のような凝視を側《わき》へ逸《そ》らしたいと望みながら訊いた。
「見えるよ」と、幽霊が答えた。
「楊子の方を見ていないじゃないか」と、スクルージは云った。
「でも、見えるんだよ」と、幽霊は云った。「見ていなくてもね。」
「なるほど!」と、スクルージは答えた。「私はただこれを丸呑みにしさえすれば可いのだ。そして、一生の間自分で拵えた化物の一隊に始終いじめられてりゃ世話はないや。馬鹿々々しい、本当に馬鹿々々しいやい!」
これを聞くと、幽霊は怖ろしい叫び声を挙げた。そして、物凄い、慄然《ぞっ》とするような物音を立てて、その鎖を揺振《ゆすぶ》ったので、スクルージは気絶してはならないと、しっか
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