うところはない。
「貴方は誰ですか?」
「誰であったかと訊いて貰いたいね。」
「じゃ、貴方は誰であったか」と、スクルージは声を高めて云った。「幽霊にしては、いやにやかましいね。」彼は「些細なことまで」と云おうとしたのだが、この方が一層この場に応《ふさ》わしいと思って取り代えた。(註、「幽霊にしては」と「些細なことまで」が原語では語呂の上の「しゃれ」になっているのである。)
「存生中は、私は貴方の仲間、ジェコブ・マアレイだったよ。」
「貴方は――貴方は腰を掛けられるかね」と、スクルージはどうかなと思うように相手を見ながら訊ねた。
「出来るよ。」
「じゃ、お掛けなさい。」
 スクルージがこの問を発したのは、こんな透明な幽霊でも椅子なぞに掛けられるものかどうか、彼には分らなかったからである。そして、それが出来ないという場合には、幽霊も面倒な弁解の必要を免れまいと感じたからである。ところが、幽霊はそんな事には馴れ切っているように、煖炉の向う側に腰を下ろした。
「お前さんは私を信じないね」と、幽霊は云った。
「信じないさ」と、スクルージは云った。
「私の実在については、お前さんの感覚以上にどんな
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