ても、十分にこの入口を照らしはしなかったろう。それだもの、スクルージの蝋燭ではかなり暗かったとは、誰にも想像がつこう。
スクルージは、そんなことには少しも頓着しないで、上って行った。暗闇は廉《やす》いものだ。そして、スクルージはそれが好きであった。が、彼はその重い戸を閉める前に、何事もなかったか検めようとして、室々を通り抜けた。彼もそうして見たくなる位には、十分その顔の追憶を持っていたのだ。
居間、寝室、物置。すべてが依然として元の通りになっていた。卓子の下にも、長椅子の下にも、誰もいなかった。煖炉には少しばかりの火が残っていた。匙も皿も用意してあった。粥(スクルージは鼻風を引いていた)の小鍋は炉房の棚の上にあった。寝床の下にも、誰もいなかった。押入の中にも誰もいなかった。寝間着は胡散臭い恰好をして壁に懸かっていたが、その中にも誰もいなかった。物置も普段の通りであった。古い煖炉の蓋と、古靴と、二個の魚籠と、三脚の洗面台と、火掻き棒があるばかりであった。
すっかり安心して、彼は戸を閉めて、錠を下ろした。二重に錠を下ろした、それは彼の習慣ではなかった。こうして先ず不意打ちを喰う恐れを
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