草を喫《ふ》かしていた。
スクルージと精霊とがこの男の前に来ると、ちょうどその時一人の女が大きな包みを持って店の中へこそこそと這入り込んで来た。が、その女がまだ這入ったか這入り切らぬうちに、もう一人の女が同じように包みを抱えて這入って来た。そして、この女のすぐ後から褪《は》げた黒い服を来た一人の男が随いて這入った。二人の女も互に顔見合せて吃驚したものだが、この男は二人を見て同じように吃驚した。暫時は、煙管を啣えた老爺までが一緒になって、ぽかんとあきれ返っていたが、やがて三人一緒にどっと笑い出した。
「打捨《うっちゃ》って置いても、どうせ日傭い女は一番に来るのだ」と、最初に這入って来た女は叫んだ。「どうせ二番目には洗濯婆さんが来るのだ、それから三番目にはどうせ葬儀屋さんがやって来るのさ。ちょっ[#「ちょっ」に傍点]と、老爺さん、これが物の拍子と云うものだよ。ああ三人が揃いも揃って云い合せたようにここで出喰わすとはねえ!」
「お前方は一番好い場所で出会ったのさ」と、老ジョーは口から煙管《パイプ》を離しながら云った。「さあ居間へ通らっしゃい。お前はもうずっと以前から一々断らないでもそこへ通られるようになっているんだ。それから自余《あと》の二人も満更知らぬ顔ではない。まあ待て、俺が店の戸を閉めるまでよ。ああ、何と云うきしむ[#「きしむ」に傍点]戸だい! この店にも店自身に緊着《くっつ》いてるこの蝶番いのように錆びた鉄っ片れは他にありゃしねえよ、本当にさ。それにまた俺の骨ほど古びた骨はここにもないからね。ははは! 俺達は皆この職業《しょうばい》に似合ってるさ、まったく似合いの夫婦と云うものだね。さあ居間へお這入り。さあ居間へ!」
居間というのは襤褸の帷幄《カーテン》の背後になっている空間であった。その老爺は階段の絨緞を抑えて置く古い鉄棒で火を掻き集めた。そして、持っていた煙管《パイプ》の羅宇《らう》で燻っている洋灯の心を直しながら(もう夜になっていたので、)再びその煙管を口へ持って行った。
彼がこんな事をしている間に、既にもう饒舌ったことのある女は床の上に自分の包みを抛り出して、これ見よがしの様子をしながら床几の上に腰を下ろした――両腕を膝の上で組み合せて、他の二人を馬鹿にしたようにしゃあしゃあ[#「しゃあしゃあ」に傍点]と見やりながら。
「で、どうしたと云うんだね! 何がどうしたと云うんだえ、ええディルバアのお主婦さん?」と、その女は云った。「誰だって自分のためを思ってする権利はあるのさ。あの人[#「あの人」に傍点]なんざ始終そうだったんだよ。」
「そりゃそうだとも、実際!」と、洗濯婆は云った。「何人《だれ》もあの人以上にそうしたものはないよ。」
「じゃ、まあそう可怖《おっかな》そうにきょろきょろ[#「きょろきょろ」に傍点]立っていなくとも好う御座んさあね、お婆さん、誰が知ってるもんですか。それに此方《こちとら》だってお互に何も弱点《あら》の拾いっこをしようと云うんじゃないでしょう、そうじゃないかね。」
「そうじゃないともさ!」と、ディルバーの主婦さんとその男とは一緒に云った。「もちろんそんな積りはないとも。」
「それなら結構だよ」と、その女は呶鳴った。「それでもう沢山なのさ。これ位僅かな物を失くしたとて、誰が困るものかね。まさか死んだ人が困りもしないだろうしねえ。」
「まったくそうだよ」と、ディルバーの主婦さんは笑いながら云った。
「死んでからも、これが身に着けていたかったら、あの因業親爺がさ」と、例の女は言葉を続けた。「生きている時に、何故人間並にしていなかったんだい? 人間並にさえしてりゃ、お前、いくら死病に取り憑かれたからとて、誰かあの人の世話位する者はある筈だよ、ああして一人ぽっちであそこに寝たまま、最後の息を引き取らなくたってねえ。」
「まったくそりゃ本当の話だよ」と、ディルバーの主婦さんは云った。「あの人に罰が当ったんだねえ」
「もう少し酷い罰が当てて貰いたかったねえ」と、例の女は答えた。「なに、もっと他の品に手が着けられたら、大丈夫お前さん、もう少し酷い罰を当てて遣ったんだよ。その包みを解いておくれな、ジョー爺さんや。そして、値段をつけて見ておくれな。なに、明白《はっきり》と云うが可いのさ。私ゃ一番先だって構やしないし、また皆さんに見ていられたって別段|怖《こわ》かないんだよ。私達はここで出会わさない前から、お互様に他人《ひと》の物をくすねていたことは好く承知しているんだからねえ。別段罪にゃならないやね。さあ包みをお開けよ、ジョー。」
が、二人の仲間にも侠気があって、仲々そうはさせて置かなかった。禿げちょろの黒の服を着けた男が真先駆けに砦の裂目を攀じ登って、自分の分捕品を持ち出した。それは量高《かさだか》の物で
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