、一気に引きつづいて三冊を読み終えると、探偵物語に対する興味が油然《ゆうぜん》と湧《わ》き起って、自分もなにか探偵物語を書いてみようという気になったのです。勿論《もちろん》、その前にもヒュームなどの作も読んでいましたが、わたしを刺戟したのはやはりドイルの作です。
しかしまだ直ぐには取りかかれないので、さらにドイルの作を獲《あさ》って、かのラスト・ギャリーや、グリーン・フラダや、爐畔《ろはん》物語や、それらの短篇集を片っ端から読み始めました。しかし一方に自分の仕事があって、その頃は時事新報の連載小説の準備もしなければならなかったので、読書もなかなか捗取《はかど》らず、最初からでは約ひと月を費《ついや》して、五月下旬にようやく以上の諸作を読み終りました。
そこで、いざ書くという段になって考えたのは、今までに江戸時代の探偵物語というものが無い。大岡政談や板倉政談はむしろ裁判を主としたものであるから、新たに探偵を主としたものを書いてみたら面白かろうと思ったのです。もう一つには、現代の探偵物語を書くと、どうしても西洋の模倣に陥り易い虞《おそ》れがあるので、いっそ純江戸式に書いたならば一種の変った味のものが出来るかも知れないと思ったからでした。幸いに自分は江戸時代の風俗、習慣、法令や、町奉行、与力、同心、岡っ引などの生活に就いても、ひと通りの予備知識を持っているので、まあ何とかなるだろうという自信もあったのです。
その年の六月三日から、まず「お文《ふみ》の魂《たましい》」四十三枚をかき、それから「石燈籠」四十枚をかき、更に「勘平の死」四十一枚を書くと、八月から国民新聞の連載小説を引き受けなければならない事になりました。時事と国民、この二つの新聞小説を同時に書いているので、捕物帳はしばらく中止の形になっていると、そのころ文芸倶楽部の編集主任をしていた森|暁紅《ぎょうこう》君から何か連載物を寄稿しろという注文があったので、「半七捕物帳」という題名の下《もと》にまず前記の三種を提出し、それが大正六年の新年号から掲載され始めたので、引きつづいてその一月から「湯屋の二階」「お化《ばけ》師匠」「半鐘の怪」「奥女中」を書きつづけました。雑誌の上では新年号から七月号にわたって連載されたのです。
そういうわけで、探偵物語の創作はこれが序開きであるので、自分ながら覚束ない手探りの形でしたが
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