ろう。あるいは農業に従事している者もあろう。栄枯浮沈、その人々の運命に因っていろいろに変化しているであろうが、とにもかくにも皆それぞれに何らかの希望をもって生きているに相違ない。この男には何の希望がある。無論、名誉はない。おそらく利益もあるまい。彼は洗い晒《ざら》しの着物を着て、木綿の袴を穿いて、人間の一生を暗い冷たい墓所の番人にささげているのである。
土の下にいる政宗が、この男に声をかけてくれるであろうか。彼はわが命の終るまで、一度も物を云ってくれぬ主君に仕えているのである。彼は経ヶ峯《きょうがみね》の雪を払って、冬の暁に墓所の門を浄《きよ》めるのであろう。彼は広瀬川の水を汲んで、夏の日に霊前の花を供えるのであろう。こうして一生を送るのである。彼に取ってはこれが人間一生の務めである。名誉もいらぬ、利益もいらぬ、これが臣下の務めと心得ているのである。わたしは伊達家の人々に代って、この無名の忠臣に感謝せねばならない。
こんなことを考えながら門を出ると、犬はふたたび吠えて来た。
林子平の墓は仙台市の西北、伊達堂山の下にある、槿《むくげ》の花の多い田舎道をたどってゆくと、路の角に「伊達堂下、此奥に林子平の墓あり」という木札を掛けている。寺は龍雲院というのである。
黒い門柱がぬっと立ったままで、扉《とびら》は見えない。左右は竹垣に囲まれている。門をはいると右側には百日紅《さるすべり》の大木が真紅《まっか》に咲いていた。狭い本堂にむかって左側の平地に小さな石碑がある。碑のおもては荒れてよく見えないが、六無斎《ろくむさい》友直居士の墓とおぼろげに読まれる。竹の花筒には紫苑《しおん》や野菊がこぼれ出すほどにいっぱい生けてあった。そばには二個の大きな碑が建てられて、一方は太政《だじょう》大臣|三条実美《さんじょうさねとみ》篆額《てんがく》、斎藤竹堂《さいとうちくどう》撰文、一方は陸奥守《むつのかみ》藤原慶邦《ふじわらよしくに》篆額、大槻磐渓《おおつきばんけい》撰文とある。いずれも林子平の伝記や功績を記したもので、立派な瓦家根の家の中に相対して屹立《きつりつ》している。なにさま堂々たるものである。
林子平はどんなに偉くっても一個の士分の男に過ぎない。三条公や旧藩主は身分の尊い人々である。一個の武士を葬った墓は、雨叩きになっても頽《くず》れても誰も苦情は云うまい。身分の尊い
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