と思った。池のほとりには小さい塾のようなものがあって、先生は半裸体で子どもに三字経を教えていた。わたしはこの先生に一椀の水を貰って、その返礼に宝丹一個を贈って別れた。
その池、その荷花――今はどうなっているであろう。
龍
蓋平《がいへい》に一宿した時である。ここらの八月はじめは日が長い。晴れた日がほんとうに暮れ切るのは、午後十時頃である。
その午後六時半頃から約四十分ほど薄暗くなったかと思うと、また再び明るくなった。海の方面に大雨が降ったらしいという。やがて七時半に近い頃である。あたりの土着民が俄《にわ》かに騒ぎ出した。
「龍《ロン》! 龍《ロン》!」
みな口々に叫んで表へかけ出すので、私も好奇心に駆られて出てみると、西の方角――おそらく海であろうと思われる方角にあたって、大空に真黒《まっくろ》な雲が長く大きく動いている。その黒雲のあいだを縫って、金色の光るものが切れぎれに長くみえる。勿論、その頭らしい物は見えないが、金龍の胴とも思われるものが見えつ隠れつ輝いているのである。
雲は墨よりも黒く、金色は燦《さん》として輝いている。太陽の光線がどういう反射作用をするのか知らないが、見るところ、まさに描ける龍である。
龍を信ずる満洲人が「龍!」と叫ぶのも無理はないと、私は思った。
蝎
南京虫は日本にもたくさん輸入されているから、改めて紹介するまでもないが、満洲の夏において最も我々をおびやかしたものは蝎《さそり》であった。南京虫を恐れない満洲の民も、蝎と聞けば恐れて逃げる。
蝎も南京虫とおなじく、人家の壁の崩れや、柱の割れ目などに潜《ひそ》んでいる。時には枯草などをたばねた中にも隠れている。しかも南京虫とは違って、その毒は生命に関する。私はある騎兵が右手の小指を蝎に螫《さ》されて、すぐに剣をぬいてその小指を切断したのを見た。
蝎の毒は蝮《まむし》に比すべきものである。殊に困るのは、その形が甚だ小さく、しかも人家の内に棲息《せいそく》していることである。蝎の年を経たものは大きさ琵琶《びわ》の如しなどと、シナの書物にも出ているが、そんなのは滅多にあるまい。私の見たのは、いずれもこおろぎ[#「こおろぎ」に傍点]ぐらいであった。
土地の人は格別、日本人が蝎に襲われたという噂を、近来あまり聞かないのは幸いである。満洲開発と共に、こういう
前へ
次へ
全204ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング