がお玉さんを知ってからもう三、四年も経っても、嫁にゆくような様子は見えなかった。お玉さんもだんだんに盛りを通り過ぎて、からだの幅のいよいよ広くなってくるのばかりが眼についた。
そのうちに誰が云い出したのか知らないが、お玉さんには旦那があるという噂が立った。もちろん旦那らしい人の出入りする姿を見かけた者はなかった。お玉さんの方から泊まりにゆくのだと、ほんとうらしく吹聴《ふいちょう》する者もあった。その旦那は異人さんだなどと云う者もあった。しかしそれには、どれも確かな証拠はなかった。この怪《け》しからぬ噂がお玉さん一家の耳にも響いたらしく、その後のお玉さんの様子はがらりと変って、買物にでも出るほかには、滅多にその姿を世間へ見せないようになった。近所の人たちに逢っても情《すげ》なく顔をそむけて、今までのようなにこにこした笑い顔を見せなくなった。三味線の音もちっとも聞かせなくなった。
なんでもその明くる年のことと記憶している。日枝《ひえ》神社の本祭りで、この町内では踊り屋台を出した。しかし町内には踊る子が揃わないので、誰かの発議でそのころ牛込《うしごめ》の赤城下《あかぎした》にあった赤城座という小芝居の俳優《やくしゃ》を雇うことになった。俳優はみんな十五、六の子供で、嵯峨《さが》や御室《おむろ》の花盛り……の光国と瀧夜叉《たきやしゃ》と御注進の三人が引抜いてどんつく[#「どんつく」に傍点]の踊りになるのであった。この年の夏は陽気がおくれて、六月なかばでも若い衆たちの中形《ちゅうがた》のお揃い着がうすら寒そうにみえた。宵宮《よみや》の十四日には夕方から霧のような細かい雨が花笠の上にしとしと[#「しとしと」に傍点]と降って来た。
踊り屋台は湿れながら町内を練り廻った。囃子の音が浮いてきこえた。屋台の軒にも牡丹《ぼたん》のような紅い提灯がゆらめいて、「それおぼえてか君様《きみさま》の、袴も春のおぼろ染……」瀧夜叉がしどけない細紐《しごき》をしゃんと結んで少しく胸をそらしたときに、往来を真黒《まっくろ》にうずめている見物の雨傘が一度にゆらいだ。
「うまいねえ。」
「上手だねえ。」
「そりゃほんとの役者だもの。」
こんな褒《ほ》め詞《ことば》がそこにもここにも囁《ささや》かれた。
お玉さんの家の人たちも格子のまえに立って、同じくこの踊り屋台を見物していたが、お玉さんの阿母さ
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