》けにもなる。なにしろ大勢がわいわい云って餅を搗き立てるのであるから、近所となりに取っては安眠妨害である。殊に釜の火を熾《さか》んに焚《た》くので、風のふく夜などは危険でもある。しかしこれに就《つ》いても近所から苦情が出たという噂も聞かなかった。
 運が悪いと、ゆうべは夜ふけまで隣りの杵《きね》の音にさわがされ、今朝は暗いうちから向うの杵の音に又おどろかされると云うようなこともあるが、これも一年一度の歳の暮れだから仕方がないと覚悟していたらしい。現にわたしなども霜夜の枕にひびく餅の音を聴きながら、やがて来る春のたのしみを夢みたもので――有明《ありあけ》は晦日《みそか》に近し餅の音――こうした俳句のおもむきは到るところに残っていた。
 冬至《とうじ》の柚湯《ゆずゆ》――これは今も絶えないが、そのころは物価が廉《やす》いので、風呂のなかには柚がたくさんに浮かんでいるばかりか、心安い人々には別に二つ三つぐらいの新しい柚の実をくれたくらいである。それを切って酒にひたして、ひび薬にすると云って、みんなが喜んで貰って帰った。なんと云っても、むかしは万事が鷹揚《おうよう》であったから、今日のように柚湯とは名ばかりで、風呂じゅうをさがし廻って僅《わず》かに三つか四つの柚を見つけ出すのとは雲泥《うんでい》の相違であった。
 冬至の日から獅子舞が来る。その囃子の音を聴きながら柚湯のなかに浸っているのも、歳の暮れの忙《せわ》しいあいだに何となく春らしい暢《のび》やかな気分を誘い出すものであった。
 わたしはこういう悠長な時代に生まれて、悠長な時代に育って来たのである。今日の劇《はげ》しい、目まぐるしい世のなかに堪えられないのも無理はない。[#地付き](大正13・12「女性」)
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新旧東京雑題


     祭礼

 東京でいちじるしく廃《すた》れたものは祭礼《まつり》である。江戸以来の三大祭りといえば、麹町の山王《さんのう》、神田の明神《みょうじん》、深川《ふかがわ》の八幡として、ほとんど日本国じゅうに知られていたのであるが、その祭礼はむかしの姿をとどめないほどに衰えてしまった。たとい東京に生まれたといっても、二十代はもちろん、三十代の人では、ほんとうの祭礼らしいものを見た者はあるまい。それほどの遠い昔から、東京の祭礼は衰えてしまったのである。
 震災以後は格別、その以
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