屋《おもや》へ行ったが、やがて引っ返してきて、一羽の鷲のすがたが沖の空に遠くみえたので、持場の者が筒を向けた。しかもあまりに急いで、弾《たま》の届くところまで近寄らないうちに火蓋《ひぶた》を切ったので、鳥はそのまま飛び去ってしまった。ただしそれは尾白などというものではなく、鷹に少し大きいくらいの仔鷲《こわし》であったと報告した。
「未熟者はとかくに慌ててならぬ。戦場でもそうだが、敵を手もとまで引寄せて撃つ工夫が肝腎だぞ。」と、弥太郎はわが子に教えた。
 その夜はまた木枯しが吹き出して、海の音がかなりに強かったので、又次郎はおちおち眠られなかった。あくる朝は晴れているので、又次郎はまず起きた。つづいて久助、弥太郎も起きた。あさ飯を食って、身を固めて、三人が草鞋の緒を結んでいるところへ、母屋から作男《さくおとこ》が何者をか案内してきた。
「旦那さま方にお目にかかりたいと申して参りましたが……。」
「誰が来た。」と、久助は訊いた。
「浜におります漁師の角蔵でござります。」
「むむ、角蔵か。」
「女房と二人づれで参りました。」
 なんと返事をしたものかと、久助は無言で主人の顔色を窺うと、弥太郎
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